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人工多能性幹細胞(iPSC)からの効率的な下位運動ニューロン誘導法の開発

本項では、慶応義塾大学プレスリリース 「ヒトiPS細胞からの運動ニューロン誘導法およびシングルセル評価法を開発-孤発性ALSの病態解明と治療開発への応用を目指して-」 2024.12.20.慶応義塾大学、東京大学 https://www.keio.ac.jp/ja/press-releases/files/2024/12/20/241220-1.pdf についてレポートします。

  (1)      本研究の背景

「ALS患者由来のiPSから作成された神経細胞は、ALSの病態を反映しており、ALSの病態の解明や、治療薬の開発に非常に有用であることが知られている。しかし、これまでの疾患研究、薬剤スクリーニングの多くは、主に、特定の遺伝的異常を持つ家族性ALS患者の細胞を用いた研究に限られており、ALS 患者の9 割を占め、疾患の多様性に富む孤発性 ALSへのアプローチはあまりされていないという問題があった。これは、従来の手法では運動ニューロンの誘導効率が低く、誘導と表現型(病気の特徴)評価に多大な時間と労力を要するために、多様な背景を持つ孤発性 ALS を対象とした大規模な実験が困難であったことに起因する。」と説明されています。

  (2)      研究の成果

「iPS 細胞から脊髄型の下位運動ニューロンを迅速かつ高効率で誘導する方法を開発。本法にて誘導された下位運動ニューロンは、ALS病態を再現し、さらに通常の神経活動を有していることを確認。さらに AI 画像解析技術を用いた疾患表現型の簡便かつ再現性の高い評価法を開発した。」と報告されています。具体的には下記のとおりです。

①新しい高効率な下位運動ニューロン誘導法: ヒト iPS 細胞から下位運動ニューロンを高効率(約 80%)で誘導する新しいプロトコルを開発。従来法と比較して短期間で効率的に分化を達成し、ALS 病態の解明や薬剤スクリーニングへの応用が期待される。

② ALS 病態の再現: 遺伝性 ALS 患者由来の iPS 細胞から誘導した下位運動ニューロンにおいて、 ALS 特有の病態(TDP-43 および FUS タンパクの異常な凝集)が再現され、本研究の手法が ALS 研究に適したモデルであることが示された。

③ 機能的な神経活動の確認: 誘導した下位運動ニューロンで成熟したニューロンと同様の発火活動(電気信号を発すること)やネットワーク活動を MEA(マルチ電極アレイ)システムを用いて確認することができた。

④ ALS 細胞の脆弱性評価: 経時的なライブイメージングとシングルセル追跡技術、および AI 画像析技術を活用し ALS 患者由来下位運動ニューロンが健康な細胞に比べて生存率が低い傾向にあることが示された。撮像に基づいた従来の単純な細胞体カウントではこの傾向を明確には示すことができなかったが、この技術は、ALS 患者由来細胞ごとの細胞脆弱性を評価するための有望なツールとなると考えられる。

  (3)      今後の展望

「ALS 特有の症状の早期発見や、患者ごとの異なる病態に対応した個別化医療の実現に向けた研究の促進。病態の異なるALS 患者由来のiPS 細胞株を用いた大規模な研究や、シングルセル追跡技術(注1)とオミクス解析(注2)を組み合わせた単一細胞レベルでの詳細な研究に応用されることで、複雑な病態をもつ ALS の疾患理解が進むことが期待される。」としています。

2025年6月3日 報告者 橋口裕二/p-als

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