ALS専門情報 ニュース

UNC13Aの発現が異常〜 ALSの流れがさらに発見された

本年2025.3.19付け当HP、ALS世界ニュース‐[ 英国 ] UNC13Aタンパク質の研究開発‐にて、「2021年、UCL (University College of London)の研究者たちにより、運動ニューロン細胞の損傷の主要な原因が、神経細胞が互いにメッセージを伝えるのを助けるUNC13Aというタンパク質の喪失であることが解明された」こと、「遺伝子治療を提供するための新技術を研究中である」ことを伝えています。そして、さらなる研究成果が発表されました。東北大学、慶應義塾大学より本年7月25日にプレスリリースされ、UNC13Aタンパク質喪失の新たな経路とALS発症にかかわる4つの遺伝子・タンパク質異常がUNC13Aタンパク質の発現異常に収束することを見出したこと、これにより、今後のALS病態解明と治療薬開発に新たな視点が加えられたことを報告しています。今回は、本報告の紹介とUNC13Aをターゲットした、治療薬開発状況についてご紹介します。

1. ALSの異なる原因が共通の遺伝子「UNC13A」の発現異常に収束-病気の全貌解明へ

新知見-

本研究は東北大学大学院医学系研究科の渡辺靖章助教らと、慶應義塾大学再生医療 リサーチセンターの森本悟副センター長らの共同研究グループにより行われました。2025.7.25付け、東北大学からのプレスリリースから一部抜粋し、ご紹介します。https://www.life.med.tohoku.ac.jp/newsroom/press/35623/

(1)研究のポイント

・ALSにて機能異常を起こしている複数のタンパク質(TDP-43、FUS、MATR3、hnRNPA1)が神経の働きに重要な遺伝子「UNC13A」の発現を維持する役割を担っていることを明らかにしました。

・上記タンパク質の機能が失われると、UNC13Aタンパク質のもとになるmRNAが分解されやすくなる経路があることは知られていましたが、今回、「REST*」という発現抑制タンパク質が過剰となりUNC13AのmRNA産生が抑えられる別の経路があることを新たに発見しました。・ALSの発症に関わる遺伝子やタンパク質は多数あり、治療標的を絞ることが困難と考えられてきました。しかし本研究により異なる病因がUNC13Aという遺伝子の発現異常に収束することがわかり、治療法開発の有力な手がかりとなります。

注:*REST(RE1 silencing transcription factor)、別名 NRSF(neuron-restrictive silencer factor)

(2)研究の概要

研究チームは、ALSで異常が起きていることで知られる4種類のRNA結合タンパク(RNAに結合してその働きや安定性、翻訳、スプライシングなどを調節するタンパク質群で、神経疾患との関係が注目されている)であるTDP-43、FUS、MATR3、hnRNPA1について遺伝子編集技術を用いて一つずつ欠損させた4種類の神経系培養細胞を作製し、UNC13Aタンパク質のもとになるmRNAの変化を調べました。すると、これらすべての細胞でUNC13AのmRNAが著明に減少していることが確認されました。UNC13Aタンパク質は神経細胞が適切に情報を伝えるために不可欠で、うまく働かなくなると神経の機能が損なわれると考えられています。

UNC13AのmRNAは、mRNAに不要な部分(隠れエキソン*:本来は取り除かれるはずのRNA配列が異常に取り込まれてしまったエキソン様配列で、異常なタンパク質の産生やRNAの分解を引き起こす)が入り込むと不安定になって分解されやすくなることが知られています。UNC13AのmRNAの減少が確認された、4種類のタンパク質欠損細胞で、UNC13AのmRNA内の隠れエキソンの存在量を調べました。すると、TDP‐43欠損細胞では隠れエキソンが検出されましたが、それ以外の3種類の細胞では検出されませんでした。つまり、TDP-43欠損細胞とそれ以外の細胞では、UNC13AのmRNAが減少する仕組みが異なることが示唆されました。

報告者注:真核生物では、転写(DNAの遺伝情報をRNAに写し取る過程)された直後のRNAはmRNA前駆体と呼ばれます。mRNA前駆体には不要な塩基配列(イントロン)があり、イントロンを除き、必要な部分(エキソン)をつなぎ合わせる「スプライシング」という過程を経てmRNAとなり、リボゾームでアミノ酸配列に翻訳されます。(かずさDNA研究所イントロンの存在意義(NL67))から引用    イントロンの存在意義(NL67) | かずさDNA研究所 – 幅広く社会に貢献する研究所をめざしています。

UNC13AのmRNAの産生を抑える発現抑制たんぱく質であるRESTの量を調べたところ、3種類の欠損細胞ではRESTが野生型(正常な状態)よりも増加していましたが、TDP-43欠損細胞では変化はありませんでした。このことから、MATR3, FUS, hnRNPA1の異常では、RESTの増加が起きることでUNC13AのmRNAが作られなくなることがわかりました。                           

—-研究の概略図—-

さらに、ALS患者由来のiPS細胞から作製した運動神経細胞や、東北大学病院に過去に入院していたALS患者の剖検脊髄組織を調べたところ、RESTが増加していることが実際に確認され、RESTの増加はALS患者の運動神経でも関与していることが裏付けられました。
 これらの結果から、TDP-43の欠損に伴ってUNC13AのmRNAが分解されやすくなりUNC13AのmRNAが減少するというこれまで知られていた経路に加えて、FUS・MATR3・hnRNPA1の機能が失われるとRESTが過剰に増加することでUNC13AのmRNA産生そのものが抑えられてしまうという新しい経路が存在することがわかりました。このように、RNA結合タンパク質に関わるALSの病態は、異なるタンパク質の異常が2つの経路をたどりながらも、共通してUNC13Aの不足に行き着くことがわかりました。

(3)今後の展開

UNC13Aの不足が、ALSにおける主要な病態関連遺伝子やタンパク質異常の共通下流であることが示され、発症メカニズムの理解に向けて新しい視点が得られました。原因が多様で複雑なALSを、「神経細胞の働きを支えるUNC13Aという共通の遺伝子の発現異常」として再整理することで、治療標的を見出す手がかりが得られました。今後はRESTがALS病態にどのように関わっているかをより詳しく調べることにより、神経細胞を保護する仕組みの解明や、治療法開発に向けた研究が期待されます。

2. UNC13Aタンパク質の機能回復を目的としたALS治療薬の開発

  2つの候補化合物について、ご紹介します。いずれもアンチセンスオリゴヌクレオチド(ASO)と呼ばれる核酸医薬に分類される遺伝子医薬品で、UNC13A m-RNAの適切なスプライシングを実行させ、UNC13Aタンパク質が増加するように設計されたものです。

  (1)Biopharmaceutical launches with goal to develop treatment for ALS

Trace to use $101M financing to develop UNC13A protein-targeted therapy

 前出のALS世界ニュースでも紹介されている、バイオ医薬品会社:トレースニューロサイエンスによるものです。2024.11.15付け、ALS NEWS TODAY https://alsnewstoday.com/news/trace-neuroscience-launches-develop-unc13a-treatment-als/ によれば、「トレースニューロサイエンス社は$101 million(£78m)の資金を得て、米国カリフォルニアにて、UNC13AをターゲットとしたALS遺伝子治療の開発を開始した。」と報告されています。

トレースニューロサイエンス社のHPhttps://www.traceneuro.com/#our-focusによれば、「ALS患者の約97%において、病気の初期段階の特徴として、RNAスプライシングを含む多くの細胞機能に関与するタンパク質であるTDP-43が正常に機能しなくなり、その結果、UNC13A mRNAが適切にスプライシングされず、UNC13Aタンパク質の産生が制限されます。これらの知見をもとに、UNC13Aのスプライシングを修正する医薬品の発見に注力しており、アンチセンスオリゴヌクレオチド(ASO)と呼ばれる遺伝子医薬品で、UNC13AのmRNAに直接結合し、適切なスプライシングを実行させるように設計された医薬品開発を行っています。」「トレースニューロサイエンス社のミッションは現在(SOD-1等)ALS全体の2%しか対象となっていない遺伝治療の対象を、ALS全体の97%に拡大することです。そのため、緊急の課題として、本医薬品の適応対象者を適切に選択するためのバイオマーカーの開発も行っています。」と報告しています。

*上記トレースニューロサイエンス社のHPにて、UNC13Aの神経細胞における働きについても、紹介されています。

(2)Eli Lilly to develop, market ALS therapy for UNC13A function

Preclinical data showed QRL-204 raised protein’s levels, aided synapse activiti

2024.6.11付け、ALS NEWS TODAYhttps://alsnewstoday.com/news/eli-lilly-develop-market-als-therapy-restoring-unc13a-protein-function/によれば、

「Eli-Lilly (イーライリリー)社はQurAlis社のALSおよびFTD(前頭側頭型認知症)患者神経細胞のUNC13A機能を回復させるように設計されたQRL-204と呼ばれるプログラムの開発とマーケットの権利を取得したと報告。UNC13Aは、神経細胞間の情報伝達に不可欠なシナプスにおける神経伝達物質の放出を調節する重要な因子です。しかし、ALS患者の最大63%とFTD患者の3分の1は、UNC13AのmRNAの処理に異常を来し、本タンパク質の喪失を引き起こしています。」

「QRL-204は特定のmRNAに結合し、そのタンパク質生成を制御する働きを持つ、アンチセンスオリゴヌクレオチド(ASO)と呼ばれる治療薬に属しており、UNC13A m-RNAの正常なプロセシングを回復させ、UNC13Aタンパク質を増加させるように設計されています。動物や細胞などを用いた実験では、QRL-204はUNC13Aタンパク質を増加させ、神経の活性を回復させたとの結果が得られています。」

「この合意に基づき、Eli-Lilly 社はQRL-204の迅速な臨床試験への移行を進めるとともに、QRL-204でカバーできないUNC13A治療薬の開発も両社で進めます。この共同研究では、特定のmRNA分子について、その正常な処理を回復させる最適な候補化合物を設計できる、QurAlisの独自技術:FlexASOスプライスモジュレータープラットフォームを活用します。」と報告されています。

報告者注:Eli-Lilly 社とQurAlis 社のALS治療薬の取り組みについて

2025.5.9付け、ALS世界ニュース‐[ 英国 ] 製薬企業イーライリリー、英国バイオ企業Alchemと4億1500万ドル規模のALS治療薬開発の提携を締結‐では、Eli-Lilly 社は、英国のスタートアップ企業Alchemabからの、ALS治療用抗体「ATLX-1282」の導入、さらにQurAlis社を含む数社とのALS治療薬開発の提携・出資について報告、同社がALSをはじめとする神経変性疾患分野への取り組みを強めていることが報告されています。

 QurAlis 社は、UNC13A機能回復とは異なるメカニズムのALS治療薬開発も進めています。2025.2.3付け、ALS世界ニュース‐[ 米国 ] ALS 治療ターゲットとして大いに期待されるカリウム・チャンネルー神経の過剰興奮性の緩和‐では、ALS患者運動ニューロンの過剰興奮を抑制する薬剤QRL-101の開発について、紹介していますので参照ください。

2025年8月24日 報告者 橋口 裕二@P-ALS

関連記事