リピート伸長病とは、遺伝子内の特定の繰り返し塩基配列が、変異によって正常範囲を超えて繰り返すことで起こる遺伝性疾患のこと。大部分が神経筋疾患であり、代表的な病気としてハンチントン病、脊髄小脳変性症(注1)などが知られている。多くの場合、3~6塩基を一単位として、同じ方向に連なって繰り返す縦列反復配列が認められ、現在およそ60種類の病気に関連したリピート配列が発見されている、と遺伝性疾患情報の専門メディアにて解説されています(注2)。リピート伸長はALSの原因の一つとしても知られており、昨年、リピート伸長とALSに関する報告がいくつかありましたのでレポートします。いずれも基礎研究、動物実験の段階ですが、新しい治療法の開発やALSの病態解明につながることが期待されるとしています。
[広島大学から]
LRP12遺伝子のCGG(注3)リピート伸長がALSの原因となることを発見したとの報告がある(注4)。健常人では10~20であるLRP12のCGGリピートが、100リピートを超えると、眼咽頭遠位型ミオパチーと呼ばれる眼瞼下垂、外目筋麻痺などを特徴とする疾患の原因となることが分かっていたが、iPS技術を用いた研究などにより、新たに60~100リピートに伸長するとALSを引き起こすことを明らかにした。今後は、本リピートに対する遺伝子治療の開発によりALSの一部が治療可能となる可能性があり、またALS患者由来の運動神経のみに細質内のリン酸化TDP-43たんぱくが認められるが、そのメカニズムの解明がALSの病態解明や治療法の開発につながる可能性を述べている。
[東京工業大学から]
C9ORF72遺伝子についての報告がある(注5)。本遺伝子の変異は、ALSと、認知症の中で3番目に多い、神経細胞の機能障害や細胞死により引き起こされる前頭側頭型認知症(FTD)の原因として報告されている。本遺伝子では「GGGGCC」というDNA6塩基が複数回繰り返された配列が存在しており、通常は2~23回の繰り返しであるのに対し、ALSやFTDでは700~1600回と繰り返し配列が異常に長く連なっている。この異常に長い繰り返し配列をもつDNAを鋳型としてつくられるRNA(異常なリピートRNA)は異常なポリペプチド(注6)を生成し、神経細胞の機能障害や細胞死の原因となると考えられている。異常なポリペプチドを合成する遺伝子をショウジョウバエに導入し、ALSおよびFTDモデルショウジョウバエを作成、これに異常なリピートRNAに結合することが知られている18種類のたんぱく質を投与し影響を調べた。その結果、FUSと呼ばれるたんぱく質が異常なリピートRNAに結合することで、異常なポリペプチドの生成を抑え、モデルショウジョウバエの神経変性を抑えることを確認、さらに他のたんぱく質についても効果を確認した。これにより、異常なリピートRNAに結合して、異常なポリペプチドを減少させることによる、ALSおよびFTDの新たな治療法開発の可能性が示唆されたとしている。
[熊本大学から]
リピート伸長病の新しい創薬基盤となる化合物ピロール・イミダゾール(PI)ポリアミドを発見したとの報告があった(注7)。PIポリアミドは、N-メチルピロールとN-メチルイミダゾールという物質がアミド結合にてつながった物から構成される化合物で、ピロールとイミダゾールの配置を変えることで、さまざまな遺伝子に特異的に結合することができるという特長がある(例えばイミダゾール-ピロールの配置はGCを、ピロール-イミダゾールはCGを認識するなど)。PIポリアミドの一つであり、CAG/CTGリピートDNAに結合するCWG-cPIPを使い、ハンチントン病および筋強直性ジストロフィー1型(注8)患者由来細胞と各疾患モデルマウスにおける神経機能の低下に対する改善効果を検討した。その結果、CWG-cPIPは、各疾患細胞およびモデルマウスで観察される病原因子の産生を阻害し、神経機能の低下を抑制することを明らかにした。また、CWG-cPIPはDNAが存在する核内にスムーズに移行することができることも確認された。さらに、薬効を示す30倍濃度のCWG-cPIPでも細胞死が確認されなかったこと、ハンチントン病モデルマウスでは、伸長CAGリピート由来のRNA産生を有意に抑制するが、正常CAG由来のRNAの産生には影響を与えないことが分かった。以上のことからPIポリアミドはさまざまなリピート伸長病への有効性と安全性が期待されると報告している。
注1 ハンチントン病:遺伝性の神経変性疾患。不随意運動(舞踏運動など)、神経症状、行動異常、認知障害などを臨床像の特徴とする。本邦での患者数は、人口10万人当たり0.7人。脊髄小脳変性症:歩行時のふらつきや、手の震え、ろれつが回らないなど、動かすことはできるのに、上手に動かすことができないという運動神経失調を症状とする神経の病気。脊髄小脳変性症は一つの病気ではなく、運動神経失調症状をきたす変性による病気の総称。本邦の患者数は3万人をこえる(多系統萎縮症という疾患のうち、運動失調症が症状の中心となっている患者さんを加えた数値)。 (難病情報センター)
注2 遺伝性疾患プラスHP、用語集「リピート伸長病」
注3 広島大学原爆放射線医科学研究所 分子免疫学研究分野 教室の紹介 2023年6月20日 筋萎縮性側索硬化症の新規原因遺伝子としてLRP12のCGGリピート伸長を同定した。
注4 DNAはC:シトシン、G:グアニン、A:アデニン、T:チミン、という4種類の化合物(塩基)が並んだ繊維状の高分子。塩基の並び(塩基配列)により、遺伝情報が符号化されている(公益財団法人かずさDNA研究所、DNAを学ぼう、用語説明)
注5 東工大ニュース 筋萎縮性側索硬化症と前頭側頭型認知症の新たな治療戦略への期待 異常なポリペプチド合成を制御するメカニズムを発見 2023.07.19公開
注6 アミノ酸が複数結合し、並んでいるものをポリペプチドもしくは単にペプチドと呼ぶ。定義はないが、一般的にアミノ酸が50個以上並んだポリペプチドがたんぱく質と呼ばれている(アイブリス創薬株式会社 用語解説 タンパク質について)
注7 熊本大学ニュープレス ゲノム神経学分野 リピート伸長病治療のゲームチェンジャーを提唱~PIポリアミド創薬 2023.9.27掲載
注8 筋強直性ジストロフィー1型:成人で最も頻度の高い筋ジストロフィー症、筋強直および筋委縮を特徴とするが、骨格筋だけではなく、多臓器を侵す全身疾患。本邦での患者数は人口10万人あたり7人程度。(難病情報センター)
2024年3月2 日 報告者 橋口 裕二