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謎に包まれる孤発性ALS (sALS) の発症メカニズムに新たな洞察

読者もご存じのようにALSのほんの10%が家族性ALS(f ALS)で、残り90%は家族歴のない孤発性ALS(s ALS)とされています。近年の遺伝子研究の進歩の恩恵で50以上ものALS関連遺伝子が発見されており、その数は毎年増加し続けています。 その点からだけでもALSという疾患の個別性、多様性、複雑さが伺われます。欧米における孤発性ALSの関係遺伝子としては、下記の遺伝子が出てきます。

C9orf72 (s ALSの7−10%)

SOD1 (s ALSの1−2%)

FUS

TARDBP

ATXN2

その中でもTDP-43タンパク質をエンコードするTARDBP遺伝子は注目を浴びています。その理由は家族性と孤発性全部を合わせたALSの約95%にTDP-43タンパク質のToxic Clump (毒素のあるタンパク質のかたまり)が認められているからです。そしてFTD(前頭側頭型認知症)においては〜50%に認められています。TDP-43タンパク質凝集は、ALSとFTDに共通する病理として以前から知られています。家族性ALSの遺伝子変異による発症経路と孤発性ALSの発症経路がどのような過程を経てある時点で収束して、共にTDP-43タンパク質の凝集までに至るのかは今のところ謎です。

今回のハーバード大学の研究論文(2024年6月)は規模の小さな研究(NIHファンド)ではありますが、如何にしてある特定の遺伝子の組み合わせが孤発性ALS患者において、脳神経細胞の死をもたらすかという知見を発表しており、孤発性ALSの発症メカニズムに新たなインサイト(洞察)を寄与しています。

ハーバード大学研究チームは、亡くなられた孤発性ALS患者の脳神経細胞と健常者ドナーの脳神経細胞からとった7万9千個以上の単一核を遺伝子プロファイリングすることにより(RNAシークエンシング)、ALSとFTD(前頭側頭型認知症)両方におけるハイリスク遺伝子をいくつか同定しました。 

その中にはSOD1や、KIF5A, CHCHD10などの遺伝子が含まれています。それらのハイリスク遺伝子は特に運動神経の種類の一つであるBetz Cell (ベッツ細胞)と呼ばれる細胞内に多く存在していました。ベッツ細胞は上位運動脳神経で、ETN(Extratelencephalic Neurons 終脳外ニューロン)と呼ばれる脳細胞の一つです。遠くの脳幹や脊髄内のニューロン(脳神経)に投射を送ることができるので、終脳外投射ニューロン(ETP Neuron)とも呼ばれています。脳の一次運動野のLayer V(第五層)に位置しています。中枢神経において最大のピラミッド型細胞で、発見者であるウクライナ医師の名前に由来してベッツ細胞と名付けられました。

ベッツ細胞内ではTHY1という細胞の分化や、接着、移動、増殖、コミュニケーションの機能を担うグリコタンパク質(糖タンパク質)をエンコードする遺伝子のマーカーが多く発現されています。ALS患者においては、このTHY1マーカーは、他の脳神経がタンパク質の構築や、輸送、分解をする機能を妨げることと関連していることは以前から知られています。

ベッツ細胞は第五層(Deep Layer 深い層)に位置していますが、深い層内の脳神経はTDP-43タンパク質の凝集(毒素の塊)を作りやすく、そのため脆くなり壊れやすいという特徴があることも以前から知られています。

また、ベッツ細胞は終脳外領域に位置する興奮性脳神経細胞ですが、この興奮性脳神経は、折り畳まれていないタンパク質の反応やRNA代謝と関連する遺伝子の発現を選択的に行うことが以前から観察されています。そして、この興奮性ニューロンの脆弱性が認められるときには、オリゴデンドログリア細胞内における髄鞘形成関連の転写産物の減少、そしてミクログリアにおける反応性炎症誘発状態の上昇が共に認められるとのことです。オリゴデンドログリア細胞やミクログリアのなんらかの仲介役が示唆されます。

研究チームはこういった孤発性ALS疾患における運動皮質内の混乱状態を観察し、孤発性ALSに見られるタンパク質の恒常性の崩れや、ある特定の種類の細胞の炎症状態と関連する老化メカニズムに光を当てています。こういったさらなる研究によって、孤発性ALS発症メカニズムを取り巻く知見の拡大と理解の深まりを得、より効果的な治療ターゲットが見出されて行くことを期待します。

用語

THY-1 (CD90)

Thy-1 は CD90 (Cluster of Differentiation 90 差別化のクラスター)とも呼ばれ、細胞接着とコミュニケーションに関与する細胞表面タンパク質です。Thy-1 は免疫グロブリン (抗体の働きを持つタンパク質)のスーパーファミリーのメンバーであり、多くの細胞タイプ、特に神経系と免疫系の細胞タイプに存在します。Thy-1 は幹細胞と成熟ニューロンの軸索突起のマーカーでもあります

オリゴデンドログリア

髄鞘を作る細胞

ミクログリア

中枢神経系グリア細胞の一つで、中枢の免疫を担当する細胞。脳や脊髄に点在している。

https://www.nih.gov/news-events/news-releases/scientists-identify-genes-linked-brain-cell-loss-als

https://www.nature.com/articles/s43587-024-00640-0

報告者 Nobuko Schlough (伸子シュルー)米国

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