ALS世界ニュース ニュース

[ 日本 ] iPS細胞技術とALS (2)

前回のiPS技術編に続き、今回はiPS技術とALSとの関わりについてレポートします。

2010年に「iPS細胞の医療応用」という使命のもと設立された京都大学iPS細胞研究所(CiRA(Center for iPS cell Research and Application)サイラ)(注1)では、2030までの目標として、以下の4つをあげています。

(1) iPS細胞ストックを柱とした再生医療の普及

(2) iPS細胞による個別化医療の実現と難病の創薬

(3) iPS細胞を利用した新たな生命科学と医療の開拓

(4) 日本最高レベルの研究支援体制と研究環境の整備

このうち(1)と(2)について、ALSとの関わりを中心にレポートします。

(1)iPS細胞ストックを柱とした再生医療の普及

  本事業については、京都大学iPS細胞研究財団(以下iPS財団)がCiRAから一部機能を分離するかたちで、2019年に設立、2020年4月に内閣府から公益認定を受け、公益財団法人として活動を開始しています(注2)。

 iPS 財団は、大学などで十分に研究が進んだアイデアや技術を実用化につなげるために、iPS細胞の無償あるいは低価格での提供、知的財産や技術に関するアドバイス、トレーニングの提供など、iPS技術の実用化に向けた活動を行うことを目的としています。

 iPS細胞の提供については、2つのプロジェクト(iPSストックプロジェクト、my iPSプロジェクト)が紹介されています。iPSストックプロジェクは、iPS財団の施設にてiPS細胞を作製、各種試験を済ませた後、臨床用レベルのiPS細胞のみを保存するものです。あらかじめ品質保証されたiPS細胞を大量保存することで、国内外の研究機関からの求めに迅速に応じることができます。iPS細胞ストックは現在、移植した時の拒絶反応のリスクを小さくするために、健康なボランティアの中でHLAホモ接合体という免疫拒絶反応が起きにくい組み合わせで持つ方のiPS細胞、HLAゲノム編集など(注3)が提供されています。iPS細胞ストックを応用した臨床研究・治験の実績(2023年4月時点)として、網膜色素上皮不全症、網膜色素変性、パーキンソン病、虚血性心筋症、亜急性期脊髄損傷、膝関節軟骨損傷など14の実績が報告されています(注4)。

疾患特異的ヒトiPS細胞もストックされており、ALS患者さん由来のヒトiPSストックは6株、いずれもTDP-43 変異の患者さん由来がリストされています(注5)。また、CiRAでは、ALSモデルブタの作製に成功したとの報告がありました(注6)。これはブタにALS原因遺伝子の一つである変異型ヒトSOD1遺伝子を導入したものです。SOD1遺伝子関連性のALS患者さんの脳神経において、変異型SOD1タンパク質は異常な折りたたみ構造をとったmisfolded SOD1として蓄積、これは強い神経細胞毒性につながることが知られています。ALSモデルブタにおいても、脊髄および神経根(脊髄から左右に枝分かれする細い神経)内にmisfolded SOD1の蓄積と軸索変性が認められ、ヒトに近い解剖学的特性を持っていることが確認されました。体のサイズや構造などの解剖学的特性がよりヒトに近い動物モデルは、遺伝子・細胞治療の前臨床試験に貢献でき、その開発へとつながることが期待されるとしています。

 my iPSプロジェクトについては、前回の技術編でご紹介しましたが、iPS財団とキヤノンが共同開発した、医療用のiPS細胞を患者本人の血液から自動的に作製する技術を実用化するもので、2025年の実用化を目指しており、現在一人当たり4000万円のiPS細胞作製費のコストを100万円にすることを目指しています。

(2)iPS細胞による個別化医療の実現と難病の創薬

  患者さんから採取した細胞から作製したiPS細胞は、患部の細胞に分化させると、病気の症状を再現できる場合があります。CiRAでは、このような患者さん由来の細胞を使って病気のメカニズムを再現し、新しい薬を開発する研究に取り組んでいます。具体的な創薬の例として、昨年11月に当HPにて報告した、ロピニロールの開発があります(注7)。これは、慶応義塾大学医学部生理学教室岡野栄之教授らのグループにより実施されもので、ALS患者さんからとった血液細胞よりiPS細胞を作製、脊椎運動ニューロンに分化・誘導し、これを用いて、米国で承認されている1232種類の薬剤からALSに期待できるものとして、ロピニロール(注8)を選び出したもので、医師主導治験(PhaseⅠ/Ⅱa試験)にて、効果が確認されています。また、本試験と並行して、患者さん全員からiPS細胞→運動ニューロンを作り、ロピニロールの効果を調べたところ、患者さんの運動ニューロンは健康なヒトのものと比べて病弱で、ロピニロールの投与により元気になることが分かりました。さらに、iPS細胞から作った運動ニューロンにおいて、ロピニロールの効果が高かった患者さんでは、臨床試験の効果もより高いことが分かりました。これらのことから、iPS細胞から作製した細胞はALS患者さんの状態をよく反映し、薬の効果を予測するマーカーになりうる可能性が示されたと報告されています(注9)。

注1 京都大学iPS細胞研究所HP https://www.cira.kyoto-u.ac.jp/

注2 京都大学iPS細胞研究財団HP https://www.cira-foundation.or.jp/j/

注3 HLA:ヒト白血球型抗原(Human Leukocyte Antigen)。ヒトの細胞で自己かそうでないかを見分けるタンパク質の総称。大きくクラスⅠ~Ⅲに分けられ、特にクラスⅠにある、HLA-A、HLA-B、HLA-Cは細胞を移植した時の拒絶反応に大きく影響する。HLAホモ接合体とは、両親から同じHLA型を受け継いだ子の細胞のこと。例えば、両親から同じA1という型を受け継いだA1A1の組み合わせを持つヒトは、A1A2、A1A3の型を持つヒトにも拒絶反応が起きにくいと考えられる。これまでにHLA型で4種、7名の方の協力により、27株のiPS細胞を提供できており、全体で日本人の40%をカバーできると考えられている。

https://www.cira-foundation.or.jp/j/research-institution/ips-stock-project/homozygous.html

HLAゲノム編集:HLAホモドナーの方から作製したiPSストックにゲノム編集を行い、HLA-A/B/CⅡTAをなくしたもの。

https://www.cira-foundation.or.jp/j/research-institution/ips-stock-project/genome-edited.html

注4 京都大学iPS細胞研究財団 iPS細胞ストックの応用実績 https://www.cira-foundation.or.jp/j/research-ja/clinical-trial.html

注5 京都大学iPS細胞研究財団 研究材料の提供(大学、試験研究機関への提供)、疾患特異的ヒトiPS細胞 https://www.cira.kyoto-u.ac.jp/j/research/material_1.html

注6 CiRA ニュース・イベント2023.1.12 「ブタ筋萎縮性側索硬化症モデルの作出~ALS遺伝子・細胞治療のプラットフォーム開発~」https://www.cira.kyoto-u.ac.jp/j/pressrelease/news/230112-130000.html

注7  ALS専門情報 日本におけるALS治療薬の開発状況No2(2023、11.29)

注8 ロピニロールは、パーキンソン病治療薬として、2006年10月にグラクソ・スミスクラインが製造販売承認を取得、同年12月に販売開始(商品名:レキップ)。ドーパミン受容体に結合し、ドーパミンと同じような働きをすることにより、パーキンソ病の症状を抑える。現在は、多くのメーカーからジェネリック医薬品も販売されている。錠剤、徐放(CR)錠、テープ(ジェネリックのみ)がある。

注9 慶応義塾大学病院 医療・健康情報サイトKOMPAS「iPS細胞はそのヒトを映す「鏡」-筋萎縮性側索硬化症(ALS)の克服にむけて- 森本悟、岡野英之(生理学教室)」2023.11.1

https://kompas.hosp.keio.ac.jp/sp/contents/medical_info/science/202311.html

2024年6月22日   報告者 橋口 裕二

関連記事