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[ 日本 米国 ] 期待されるレトロトランスポゾンLINE-1阻害剤

今月14日に、オンコリス・バイオファーマ社(日本)とトランスポゾン・セラピューティック社(米国)は、ゲノム逆転写複製阻害薬OBP-601(センサブジン薬、TPN-101)の臨床試験 Phase2a (PSP対象)とPhase 2(C9型ALS とC9型FTD対象)の中間結果に基づき、早期の臨床効果が認められると報告しました。この阻害剤は元々抗ウイルス薬としてHIV(ヒト免疫不全ウイルス)を対象に開発されていた薬です。現在、PSP(進行性核上性麻痺)や、ALS(筋萎縮性側索硬化症)、FTD(前頭側頭型認知症)、AGS(アイカルディ・グティエール病)、そしてアルツハイマーにも効果があると期待されており、近々アルツハイマー対象の臨床試験も予定されています。

「OBP-601薬」は、米国のソルクInst.や、ブラウン大学、ローチェスター大、NYU等が実施した動物実験の結果により、神経変性疾患に有効であるとのデータが得られたことにより開発が促進されました。人間のゲノムには全ての遺伝情報が入っていますが、通常「遺伝子」と呼ばれているものはそのうちのたったの2%ほどでしかなく、残る98%はつい数年前までは「ジャンク(廃棄物)」と呼ばれ、なんの働きもしていないと考えられていました。それらは「トランスポゾン」と呼ばれる動く遺伝子(Jumping Genes、転移因子)とその残骸からなっています。トランスポゾンは何百万年もの間に人類のゲノムに入り込んできた因子で、人間の全ゲノムの約50%ほどを占めており、Parasitic DNA(寄生DNA)とも呼ばれています。トランスポゾンには2種類あり、転移だけするもの(Cut &Paste)は狭義でトランスポゾンと呼ばれ、もう一つは逆転写コピー後に違う場所へ飛び、ゲノム挿入(Copy & Paste)を繰り返し増幅していくものでレトロトランスポゾンと呼ばれています。

レトロトランスポゾンが複製増加され続けると、遺伝子の突然変異が起こりやすくなり、これまで人類の進化に重要な役割を果たしてきましたが、一方では様々な反応により神経細胞を傷つけることが引き金となって神経変性疾患を発症させ、神経細胞死を誘発し神経難病に至ると考えられています。現在ヒトゲノムで、自律的に転移できるレトロトランスポゾンは、LINE-1(Long Interspersed Element-1、あるいはL1と呼ばれる。長鎖散在反復配列−1)のみで、ヒトゲノムの約20%を占めています。以前からLINE-1の活性化はさまざまな神経変性疾患に共通する特徴的反応として知られていましたが、その意義はよくわかっていませんでした。ここ2−3年ほどで日米欧の複数の研究所でレトロトランスポゾンLINE-1の活性化から免疫反応を通して炎症を起こし神経細胞死に至るまでの過程が解明されてきています。

「OBP-601薬」がこうしたLINE-1の逆転写や複製を抑制することで、神経変性疾患の進行スピードを遅らせる効果が期待されています。「OBP-601」は、それを長期服用したHIV患者たちにおいてはアルツハイマー病等の神経変性疾患の発症リスクが低い(=神経変性疾患に有効)というデータが出てきたことから、最終的には、PSPやALSだけでなく、患者数の圧倒的に多いアルツハイマー病治療薬としての開発も予定されています。

参照:

<C-9 ALS/FTD Phase2試験の中間結果> 【サマリー】 1. OBP-601 は、投与開始から 24 週までに、神経変性、炎症性神経変性及びマイクログリ ア活性化を反映するバイオマーカーである脳脊髄液中の NfL、tau、UCHL1、YKL-40、 及びオステオポンチンの値の上昇を抑制させました。 2. また、ALS 患者の死亡と相関する客観的な評価尺度である呼吸機能(Vital Capacity) において、早期の臨床効果が認められました。 3. 最も重要なことは、C9orf72 関連の ALS や FTD はアルツハイマー病と同様の中枢神経 系の病理所見を示すことが知られており、今回のバイオマーカーの変化はアルツハイ マー病への応用を示唆する結果となりました。

【Transposon 社創設者兼 Chief Innovation Officer である Eckard Weber, M.D.によるコメン ト】 “Transposon’s founding mission was to establish human proof-of-concept that dysregulation of retrotransposable elements in neurodegenerative diseases such as PSP, ALS and Alzheimer’s disease can be addressed with a new class of LINE-1 reverse transcriptase inhibitors. The results obtained with TPN-101 in both PSP and ALS/FTD show for the first time that neurodegenerative diseases that involve LINE-1 dysregulation are treatable with a specific inhibitor of this important novel target. We look forward to advancing the development of TPN-101 into registration studies to address this devastating and rapidly growing disease category.” 

(訳) 「Transposon の設立ミッションは、PSP、ALS、およびアルツハイマー病などの神経変性疾患 におけるレトロトランスポゾンの異常を、新たなクラスの治療薬である LINE-1 阻害剤によ って制御できることをヒトで実証(Proof-of-concept)することでした。PSP と ALS/FTD での TPN-101(OBP-601)の結果は、レトロトランスポゾンの異常と関連する神経変性疾患が、LINE1 阻害剤で治療可能であることを初めて示しています。私たちは、急速に増加しているこの 悲劇的な疾患に対処するため、TPN-101(OBP-601)の承認申請に向けた開発試験を推進して いきます。」 

【デューク大学精神医学・老年医学の教授兼 Transposon 社の 臨床諮問委員会の議長である Murali Doraiswamy, MBBS, FRCP によるコメント】 “Given the large unmet needs in PSP and ALS, these promising results highlight the therapeutic potential of TPN-101 for both disorders. These data also provide key validation of targeting LINE-1 to treat other tauopathies such as Alzheimer’s disease.” (訳) 「PSP と ALS の大きなアンメットメディカルニーズを考えると、これらの有望な結果は、 TPN-101(OBP-601)の治療ポテンシャルを強く示唆しています。これらのデータはまた、ア ルツハイマー病のようなタウの異常病変を伴う疾患を治療するために LINE-1 を標的とする 治療が妥当であることを示しています。」

https://ssl4.eir-parts.net/doc/4588/tdnet/2396695/00.pdf

米国トランスポゾン社の臨床試験パイプラインチャート

https://www.transposonrx.com/

-ローチェスター大、NYU、ブラウン大の研究者たちのNature誌に掲載された論文

“The role of retrotransposable elements in ageing and age-associated diseases”

https://www.nature.com/articles/s41586-021-03542-y

-ブラウン大学のトランスポゾンに関する記事

https://www.brown.edu/news/2021-08-17/transposons

-ソルクインスティチュートの”Jumpong Genes”についての記事

– 国立精神・神経医療研究センター(NCNP)のサイトより
  • 免疫細胞が引き起こす新しい神経細胞障害メカニズムの発見 〜神経変性疾患に共通した病態の伝播・拡散機序〜
  • 下の図は、自己免疫性脳脊髄炎、SOD1型ALS, 早期発症アルツハイマーの発症拡散メカニズム

2024年2月24日 報告 伸子 シュルー

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