-筋萎縮性側索硬化症(ALS)診療ガイドライン2023より-
昨年5月に日本神経学会より、筋萎縮性側索硬化症(ALS)診療ガイドライン2023が発刊されました。(注1)2013年版以来、10年ぶりとなります。本ガイドラインおよび関連する報告をもとに、ALS関連遺伝子、病因・病態についてレポートします。
ガイドライン中のALS関連遺伝子、病因・病態の項では、現状で判明しているALS関連遺伝子とそれらの遺伝子がどのようにALSの病態にかかわっているか、そして家族歴もたないALSについてはその病原と考えられているTDP-43たんぱく質に関する知見などが述べられています。
ALS全体の5~10%は特定の遺伝子異常を発症要因とする遺伝性であり家族性ALS(FALS)と呼ばれ、現在、原因遺伝子の50%、30を超える遺伝子が見いだされている。日本では、SOD1変異が最も多く、FALSの32~36%を占め、次いでFUS(8~11%)、TARDBP(2~3%)と報告されている。欧米ではC9ORF72と呼ばれる遺伝子変異が最も高頻度であるのに対し、日本を含めたアジア人では非常にまれであるとしており、人種による違いがあるようだ。特定された原因遺伝子の解析からFALSの病態として、遺伝子異常によりたんぱく質が本来持つ機能を喪失する、またはたんぱく質が毒性をもつようになる、のいずれか、あるいは両者を原因として運動ニューロンの維持機能が失われることが想定される。具体的には、多くの遺伝子異常がたんぱく質の分解や輸送にかかわる経路やたんぱく質合成のもととなるRNAの代謝経路に関与し、前者ではたんぱく質の恒常性維持機能の破綻を招き、後者ではたんぱく質生成の制御などに広範囲な影響を与える。また、神経細胞の一部分でたんぱく質や神経伝達物質などを輸送させる役割をもつ軸索の機能や細胞の形を支えている細胞内組織に関する経路にも影響し、障害を与え、運動神経細胞の脆弱性を招くとしている。
一方、ガイドラインではALS患者の90%を占める家族歴を持たないALS(孤発性ALS)について、運動ニューロンの細胞質内(注2)にユビキチン化された異常封入体(注3)の存在が知られており、その主成分がたんぱく質の一種であるTDP-43であり、これが病原たんぱく質と想定されると報告している。TDP-43に関しては他に詳しく報告されている。TDP-43は、正常な細胞にも存在し、通常は核内に存在し、転写(注4)や、スプライシング(注5)に関与しており、核内においては一定量の範囲になるようコントロールされている。ALSでは、核内のTDP-43が消失し、細胞質でTDP-43の凝集体が形成されている。この状態ではTDP-43量のコントロール機能が喪失し、その生成が促進され、凝集体が増大していく悪循環が生じていると推測される。核内のTDP-43の消失により、その本来の役割が失われること、さらには凝集体の毒性により、神経細胞の細胞死に関与している可能性が示唆される。TDP-43は孤発性ALSのみならず、これまで確認された家族性ALSのうち、SOD1、FUSを除く患者に認められ、ALSの病態において、中心的な役割をはたしていると説明されている。(注6)また、TDP-43の異常病変は孤発性ALSの90%以上にみとめられ、その広がりや分布は、病状の進行に密接な関係がみられる。凝集体は、その蓄積形態の違いなどから4タイプに分類され、その構造により異なる病態を示すことが示唆されるとの報告もある。(注7)
TDP-43をターゲットとした治療について、昨年近畿大学より、ほとんどのALS患者と半数程度の前頭側頭型認知症(FTD:3番目に多い認知症。変性性認知症とよばれ、神経細胞の機能障害や細胞死により引き起こされる。)患者の原因と想定されるたんぱく質TDP-43の遺伝子を標的とした核酸医薬を開発したとの報告がある。(注8)核酸医薬とは、DNAやRNAなどの核酸を基本の構造とする薬物で、本核酸医薬は近畿大学医学部内科学教室(脳神経内科部門)主任教授 永井義隆先生らのグループにより開発された。本核酸医薬がTDP-43のもととなるmRNAに結合すると、細胞内の特殊な酵素によりmRNAが切断され、TDP-43の合成が抑制すると考えられる。疾患モデルマウスにおいて、本核酸医薬がTDP-43の凝集を抑制し、1回の投与で持続的な治療効果を発揮することが確認され、ALSおよびFTDの治療に有効である可能性が示唆された。TDP-43は細胞内で重要な働きを持つものでもあるため、毒性・安全性への影響を十分に確認し、臨床応用する上での課題を解決し、臨床研究を実施することで、新たな治療法の開発につながると期待されると報告している。
当ホームページの本年のALS世界ニュース2件(1月25日付け、1月18日付け)にて、炎症とALSについて報告していますが、ガイドラインでは、ALSと全身の炎症との関連についての記載があります。近年、ALSと全身の炎症の関連を示す報告が相次いでおり、生体の炎症の程度を示す血漿たんぱくCRP値が軽度に高いALS患者さんは、低値を示す方に比べ生存率が低いこと、自己に対する免疫反応を抑制する制御性Tリンパ球が機能抑制を受けていることなどが報告され、全身炎症がALSの病態因子候補として、注目されるとしています。
注1 筋萎縮側索硬化症(ALS)診療ガイドライン2023 [監修]日本神経学会、[協力機関]日本神経治療学会、厚生労働省「神経変性疾患領域の基盤的調査研究」班、[編集]筋委縮側索硬化症診療ガイドライン作成委員会
注2 細胞のなかで、核以外の部分を細胞質という(科学技術振興機構第340号、用語解説)。細胞核とは細胞内の小器官の一つでDNA、RNA、たんぱく質が含まれる。単に核と呼ばれることもあり、人を含む真核生物では、細胞核の一番外側に、脂質二重膜からなる核膜が存在する(Nikon 細胞×画像ラボ 用語集)。
注3 ユビキチン化されたTDP-43が分解されることなく、異常な構造を持つ大きな集積体(凝集体)となったもの。
ユビキチンはたんぱく質の一種で、細胞内で異常なたんぱくの除去などを担う。標的とするたんぱく質にユビキチンが結合することで分解の目印となる。この過程をユビキチン化システムという(デジタル大辞泉)。封入体とは、細胞内に形成される異常な物質の集積であり、能動的機能をもたない。ALSやパーキンソン病などの神経変性疾患において、疾患特異的なたんぱく質から構成される封入体がみられる(実験医学、2013年9月号、Vol.31 No.4)。
注4 細胞がDNAをRNAに写しとる仕組みを転写とよぶ。転写により作られたRNAはたんぱく質を合成する指令を写し取ったRNAであり、メッセンジャーRNA(mRNA)と呼ばれる。(MBLライフサイエンス、RNA-RNPネットワーク、広がるRNA世界、遺伝子発現の流れ)
注5 mRNAはたんぱく質設計に必要な部分と不要な部分を持っている。mRNA からたんぱく質設計に不要な部分を除去し、必要な部分をつなぎ合わせる過程をスプライシングという。(MBLライフサイエンス、RNA-RNPネットワーク、広がるRNA世界、遺伝子発現の流れ)
注6 第117回日本内科学会講演会 革新と伝統が協奏する内科学 教育講演 「筋萎縮性側索硬化症の病態における最新の進歩」 伊東 秀文
注7 第13回都医学研シンポジウム From bench-to-bed sideの新たな展開 ~ALS診療ガイドライン2023を踏まえて~ 「発性ALSの病態研究の最前線」 東京都医学総合研究所 長谷川 成人
注8 近畿大学ニュースリリース 2023.02.06 筋萎縮性側索硬化症と前頭側頭型認知症の核酸医薬を開発 発症に関与するたんぱく質の異常凝集を抑制し、治療効果を発揮
2024年2月1日 報告者 橋口 裕二