日本におけるALS治療薬の開発状況として、高用量メコバラミン、ロピニロールについてレポートしてきましたが、今回はトフェルセンについてです。今回でこのシリーズは最後になります。
米バイオジェン社は、2023年4月25日付けで、商品名QALSODY TM(トフェルセン、注射剤、髄腔内投与(注1))が FDA(米国食品医薬品局)から、ALS治療薬として迅速承認(注2)をうけたことを報告しています。この日本語訳がバイオジェンジャパンより、プレスリリースされています。(注3)
トフェルセンはALS患者さんの特定の遺伝子変異を標的にしたALS治療薬として、世界で初めて開発されたもので、SOD1(スーパーオキシドジスムターゼ)と言われる遺伝子の変異をもつ成人ALS患者さん(SOD1-ALS)の治療薬と位置付けられます。FDAは治験フェーズⅢ試験(VALOR試験)の結果から、その効果を期待できるとして、トフェルセンの迅速承認を行いました。
ALSの発症には、複数の遺伝子がかかわっていることが判明しており、ALSのうち15%以上の方が遺伝子変異によるものと考えられています。SOD1-ALSは全ALS患者の約2%を占めており、米国での患者は330人とされているようです。変異したSOD1遺伝子はSOD1mRNA(メッセンジャ-RNA)に写し取られ(転写)、これをもとに、毒性のあるSOD1タンパクが生成し、これが運動ニューロンを損傷させ、筋力の低下などを引き起こします。トフェルセンはSOD1mRNAに結合し、SOD1mRNA →SOD1タンパク生成のプロセスを妨害し、運動ニューロンの損傷を防ぐように設計されています。
VALOR試験は国際共同治験として行われ、日本を含む10か国が参加しています。(注4)SOD1遺伝子変異が確認され、ALSによる筋力低下が認められた患者さん108例(23歳~78歳)について、2:1の割合で、トフェルセン投与群(72例)、プラセボ群(36例)にランダムに割り付け、試験を行っています。トフェルセン注射剤15mL(100㎎)の髄腔内投与を14日ごとに3回行い、その後28日ごとに5回投与し、投与終了の28週目の結果を検討しています。28週まで投与できたのは、トフェルセン投与群が60例、プラセボは36例で、トフェルセン投与群は12例が途中で中止になっています。主な副作用は疼痛、疲労、関節痛、筋肉痛、脳脊髄液の白血球増加などでした。検討項目は、ALS評価ツール(ALSFRS-Rスコア、言語、嚥下など12項目の機能評価)、呼吸強度、筋力などの機能的評価に加え、脳脊髄液中のSOD1タンパク質と血中のニューロフィラメントというタンパク質の濃度を測定しています。ニューロフィラメントは、運動ニューロンがSOD1タンパクにより損傷を受けたときに生成するもので、運動ニューロン損傷程度の目安となります。
機能的評価はプラセボ群と比べ、トフェルセン投与群の方がその低下の程度が少ない傾向がみられ、また、トフェルセン投与群の中でも、より早く投与を開始した患者さんの方が機能低下が少ない傾向がみられましたが統計学的処理では有意差は得られませんでした。脳脊髄液中のSOD1タンパク濃度はトフェルセン投与群では35%減少に対し、プラセボ群では2%の減少、血中ニューロフィラメント濃度は、トフェルセン投与群で55%減少に対し、プラセボ群では12%の増加で、いずれも有意差が確認されました。FDAは、ニューロフィラメント濃度の減少が確認されたことにより、その有用性が期待できるとして、迅速承認を行いました。ただし、今後の試験により、臨床的なベネフィットを確認することを、前提条件としました。
現在、臨床的なベネフィットを確認するためのフェーズⅢ試験(ATLAS試験)が行われています。本試験は、SOD1遺伝子変異を有し、臨床的な症状が出ていない方を対象とし、プラセボ群と比較して、症状の発症を遅延させることができるか評価することを目的としています。ATLAS試験も国際共同治験として行われており、日本を含む14か国が参加、2027年には試験終了の予定としています(注5)。
注1 髄腔内投与では、脊椎の下の方の2つの椎骨の間に針をさして脊髄の周りの空間まで挿入し、薬を脊柱管内に注入します(MSDマニュアル、家庭版)。
注2 迅速承認(Accelerated Approval)とは、重篤な疾患に対し、医療上のニーズが高い医薬品を、いち早く患者さんに届けるために、1992年よりFDAが開始したプログラム。臨床上の有用性を示すデータそのもの(エンドポイント)ではないが、臨床上の有用性が予測できるようなマーカーや画像データ等のデータ(サロゲートエンドポイント)に基づいて、医薬品を評価、承認する。承認後の試験で臨床上の有用性を確認することを前提とし、そのデータが確認されれば、本来の承認*が得られるというもの。(FDA Accelerated Approval Program, 11/27/2023)*フル承認ということもあります。
本文で報告したVALOR試験では、ALS評価ツールによる有意な機能的低下の抑制がエンドポイント、ニューロフィラメント濃度の有意な減少がサロゲートエンドポイントとなります。
本プログラムが適応された他薬の一例として、アルツハイマー型認知症治療薬のLEQEMBIⓇ(レカネマブ)があります。本剤は2023年1月6日に、FDAより迅速承認を受けました。これは治験フェーズⅡでの脳内に蓄積したアミロイドベータプラークの減少(サロゲートエンドポイント)に基づいたものです(エーザイ、2023年、1月7日付けニュース)。その後のフェーズⅢ試験にて、アルツハイマー病の進行を抑制し、認知機能と日常生活機能の低下を遅らせることを示したこと(エンドポイント)により、フル承認を得ました(エーザイ、2023年、7月7日付けニュース)。
注3 バイオジェンジャパン2023年4月27日付け、プレスリリース。バイオジェンのSOD-ALSの治療薬QALSODTM(トフェルセン)をFDAが迅速承認。遺伝子学的原因によるALSを標的とした初の治療薬としての科学的進歩
注4 米国、カナダ、日本、ベルギー、デンマーク、フランス、ドイツ、イタリア、英国、ニュージーランドが参加。N Engl J Med 2022;387:1099-1110
注5 米国、カナダ、日本、ベルギー、デンマーク、フランス、ドイツ、イタリア、英国、ニュージーランド、オーストラリア、韓国、ブラジル、ポーランドが参加。いずれも現在患者さんの募集中。
NIH National Library of Medicine, Clinical Traials.gov, A Study of BⅡB067(Tofersen)Initiated in Clinically Presymtomatic Adults With a Confirmed Superoxide Dismutase 1 Mutation(ATLUS)
2023年12月9日 報告者 橋口裕二 P-ALS
2023年12月13日 一部改訂
2024年4月20日 一部改訂