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TDP-43をターゲットとしたALS治療薬の開発

ALS世界ニュース(2025年3月1日)にて、新しい技術イントラボディー(細胞内)抗体により、ALSの病態おいて中心的な役割を果たしているとされているたんぱく質TDP-43(TAR DNA-binding Protein of 43kDa)をピンポイントに狙い撃ちしその機能を阻害し、TDP-43凝集体を減少させるという記事が報告されました。今回もTDP-43をターゲットとした2つの医薬品開発情報をレポートします。いずれも新しいアプローチによる創薬で、ひとつはTDP-43の凝集を、相分離を経て形成されるコンデンセートという観点からとらえたもの、もうひとつはTDP-43凝集体になる前の中間体であるオリゴマーをターゲットとしたものです。いずれも動物や細胞を対象とした実験の段階ですが、TDP-43の凝集を減少させ、その本来の機能を改善させたという結果が得られています。

1. 初めに:TDP-43による毒性発現のメカニズム(「ALS関連遺伝子、病因・病態について」  2024.2.7の再掲)

TDP-43は、正常な細胞にも存在し、通常は核内(注1)に存在し、転写や、スプライシング(注2)に関与しており、核内においては、一定量の範囲になるようコントロールされている。ALSでは、核内のTDP-43が消失し、細胞質でTDP-43の凝集体が形成されている。この状態では、TDP-43量のコントロール機能が喪失し、その生成が促進され、凝集体が増大していく悪循環が生じていると推測される。核内のTDP-43の消失により、その本来の役割が失われること、さらには凝集体の毒性により、神経細胞の細胞死に関与している可能性が示唆される。TDP-43はALS患者の90%を占める孤発性ALSのみならず、これまで確認された家族性ALSのうち、SOD1、FUSを除く患者に認められ、ALSの病態において、中心的な役割をはたしていると説明されています(注3)。

2.TDP-43をターゲットとした、治療薬開発

(1)田辺三菱製薬、ALSを対象とするコンデンセート創薬技術を活用した低分子薬創製に関する共同研究契約締結

田辺三菱製薬はALS治療薬「ラジカヴァ」(エダラボン経口懸濁剤および点滴静注製剤)

を製造販売しているメーカーです。2024年12月5日付けで、Dewpoint Therapeutics, Inc.(本社:Boston, Massachusetts、以下「Dewpoint」)とALSを対象に、Dewpointのコンデンセート創薬技術を活用した低分子薬(TDP-43 condensate modulator)創製を目的とする共同研究契約を締結したことを報告(注4)、「Dewpointは、高いアンメットニーズを有する疾患に対処する新世代の治療薬開発に相分離生物学を応用した、コンデンセート創薬のリーディングカンパニーです。多数の病態がコンデンセートの機能不全によって制御されている、あるいは機能不全から生じていることが明らかになり、これまで「創薬不能」とみなされていた価値の高い標的の機能を調節する新たな可能性が示され、数百の新たな治療標的を特定するための道が開かれました。コンデンセートは膜のないオルガネラで、相分離と呼ばれるプロセスによって細胞全体で動的に形成されます。細胞内で安定かつ環境応答性に富む生体分子の動的集合体として、広範で重要な生化学的プロセスを可能にします。生体分子のコンデンセートの制御異常は、がん、糖尿病、心血管障害、神経疾患など多くの疾患で認められています。コンデンセート調節薬は、複雑な疾患や歴史的に創薬不可能だった標的に対し、新しい治療の選択肢を提供する可能性があります。」としています。

【筆者注】

 相分離(液‐液相分離)とは、溶液が均一に混じり合わず,水と油のように2相に分離する現象。相分離により溶けていた物質が一方の相に濃縮され、球状になった集合体は液滴(コンデンセートまたはドロプレット)とよばれる。細胞内では、相分離が駆動力(きっかけ)となり、液滴は内部の分子の相互作用が変化し、ゲルやアミロイド*などの固体状態になる。細胞内ではたんぱく質や核酸が液-液相分離することが知られており、その結果形成される液滴は膜のないオルガネラ(細胞内小器官)として細胞内で多彩な機能を担っている(注5)。

*アミロイドとは、生体を構成しているたんぱく質の形や性質が変わり、水や血液に溶けにくい線維状の塊となった物質。(アミロイドーシスに関する調査研究班。http://amyloidosis-research-committee.jp/about/


Dewpoint社HPからコンデンセートをイメージ的に説明しているのがご覧になれます。https://dewpointx.com/science/

Dewpointは膜のないオルガネラとなったコンデンセートをターゲットとして、創薬を行っています。コンデンセートは「細胞内で安定かつ環境応答性に富む生体分子の動的集合体」と説明されており、周囲の環境変化応じて、性質や形態が変化する性質をもつもののようです。

DewpointはERSAというコンデンセート創薬技術にて創薬された、TDP-43凝集体に対するc-mod (condensate modulator、コンデンセートの調節薬)と呼ばれる化合物について報告しています(注6)。「TDP-43は、生物分子凝集体として知られる細胞質内の構造体に異常に蓄積し、ALS患者の神経機能の喪失を引き起こす。Dewpointは、コンデンセート生物学における独自の専門知識を活用することにより、いくつかの神経変性疾患に関与する重要なスプライシング因子であり、ALS患者の97%以上に存在する主要な病理学的特徴であるTDP-43の異常な集積に対処する低分子、TDP-43 small molecule condensate modulator (c-mod) を見出した。本化合物は、動物ALSモデルにおいて、正常な細胞ストレス反応を維持しながら、TDP-43 の凝集体から選択的にTDP-43を離脱させ、正しい存在場所である核内の局在を回復させる。これにより凝集体の機能異常を改善し、TDP-43のスプライシング機能を回復させ、神経の健全性を増進することが、複数のバイオマーカーにより確認された。」と報告しています。

Dewpointは、ERSAと呼ばれるプラットフォームを独自に構築しています(注7)。これは、Dewpointのコンデンセートに対する深い専門知識等と独自開発したAI(人工知能)/ML(機械学習)技術を組み合わせたもので、下記4つからなります。これにより「新しいサイエンスであるコンデンセートをニーズの高い疾患の創薬につなげます。」としています。

①  TARGET(標的とするコンデンセートの特定):遺伝子工学、たんぱく質工学、生体内分子の相互作用解析によるコンデンセートプロファイリング、グラフ解析による標的とするコンデンセートの特定、疾患細胞モデルをもちいた特定されたコンデンセートの妥当性評価

②  DISCOVER(condensate modulator(c-mod、コンデンセートの調節薬)の発見):AIによる高速特性解析による、ターゲットとすべきコンデンセート形態の特定。それに薬理的作用を及ぼし、治療効果が期待されるいくつかのc-mod候補の特定

③  OPTIMIZE(c-modの最適化):形態、機能、化学的解析によるc-modの構造とコンデンセート調節力の相関性の検討。生成および予測化学AIモデルによる最適化。疾患モデルを用いた評価による最適化。

④  TRANSLATE(最適な患者集団への橋渡し):動物疾患モデルや細胞を用いた試験結果をもとにした、最適な患者集団の設定。c-modがコンデンセートに結合し機能変化をもたらしていることを確認するためのバイオマーカーの使用

(2)米WaveBreak社、TDP-43を凝集阻害する低分子薬の候補がALS治療薬として有望

  日経バイオテクは、2025年1月6日付けの記事にて、「米WaveBreak(ウェーブブレイク)社は、筋萎縮性側索硬化症(ALS)の治療応用を目指して開発している、TDP-43凝集体を標的とする低分子薬の開発品(開発番号:WTX-245)が、運動ニューロンの機能と生存に不可欠な複数のmRNA のスプライシングを正常化することを示した前臨床データを、2024年12月6日から8日までカナダで開催された第35回ALS/MND国際シンポジウムで発表した。」と報告しています(注8)。

WTX-245のシンポジウムポスターセッションの概要が報告されています(注9)。この報告では2つのポイントが掲載されています。

①  TDP-43の凝集を評価するための独自の神経細胞による試験法を開発

本神経細胞モデルは核内TDP-43の消失、細胞質でのTDP43の凝集開始とそれに相関したmRNA転写機能の不全、ミトコンドリア機能の急速な悪化という、ALS患者の脳で観察される現象を再現している。

②  上記試験法にて、WTX-245は、TDP-43の凝集を有意に低下させ、 mRNAの正常な転写機能を回復させ、スプライシングのミスを低下させることを確認した。

WTX-24はミススプライシングされた遺伝子UNC13A*とSTMN2**を有意に減少させ、これはTDP-43の凝集の減少とよく相関していた。さらに、WTX-245量を増やすほど、正しくスプライシングされた遺伝子UNC13A、STMN2、RAPGEF6の量も増加していることが確認された。

  *UNC13Aについては、ALS世界ニュース(2025.3.19)[ 英国 ] UNC13Aタンパク質の研究開発、でも報告されています。ミススプライシングによるUNC13A遺伝子の変異が、TDP-43による正常なスプライシングの調節を障害すること、そして、TDP-43の機能が低下すると、UNC13A遺伝子の異常なスプライシングがさらに増加することが報告されています。また、UNC13Aの機能回復を目的とした治療薬の開発も進められています。

https://www.neurology-bri.jp/news/4097

https://mitsui-global.com/ja/quralis%E7%A4%BE%E3%80%81als-

 **TDP-43は、運動ニューロンの伸長と修復に関与する蛋白質スタスミン2(STMN2)の発現レベルを維持していることが分かった。米研究者から、STMN2蛋白質の安定発現によりALSを治療できる可能性が示されたことが報告されています。

https://bio.nikkeibp.co.jp/atcl/news/p1/19/01/22/05198

  WaveBreak社は、たんぱく質が繊維体や塊(アミロイド)となる前の中間体である、たんぱく質のオリゴマー(たんぱく質が数個結合したもの、以下オリゴマー)を治療のターゲットにしています。近年の研究から、オリゴマーは毒性をもち、神経毒性の直接的な原因となっており、神経変性を引き起こす中心的分子であることが明らかになったためです。「中間体であるオリゴマーはその形で存在する時間が短く、複雑な過程を経てアミロイドとなる。このため、従来の科学的手法である、一つの対象物を分離し、分析するという手法が困難であり、たんぱく質の組成が変化していく過程を分析するという、全く新しいアプローチを構築する必要があった(注10) 。WaveBreak社は、20年以上にわたる研究の結果、アミロイドの形成は高度に予測可能な生物物理学的プロセスであり、生物物理学的・生化学的要素によって厳密に制御されていることを発見した。これをもとに構築した技術プラットフォームにより、中間体であるオリゴマーが疾患プロセスにおいてどのように作用しているかを分析し、さらに、オリゴマーの生成過程を初めて可視化した。これにより毒性をもつオリゴマーの生成を阻止する物質の設計が可能となった。」と報告しています(注11)。

以下はWavebreak社ホームページからのイメージ的な凝集までの説明です。https://wavebreaktx.com/our-science/targeting-fleeting-intermediates/

モノマー(単体)から

           オリゴマー(単体の集合)

            そして繊維体/プラーク(塊)

注1   細胞核とは細胞内の小器官の一つでDNA、RNA、たんぱく質が含まれる。単に核と呼ばれることもあり、人を含む真核生物では、細胞核の一番外側に、脂質二重膜からなる核膜が存在する(Nikon 細胞×画像ラボ 用語集)。細胞のなかで、核以外の部分を細胞質という(科学技術振興機構第340号、用語解説)。

注2   細胞がDNAをRNAに写しとる仕組みを転写とよぶ。転写により作られたRNAはたんぱく質を合成する指令を写し取ったRNAであり、メッセンジャーRNA(mRNA)と呼ばれる。mRNAはたんぱく質設計に必要な部分と不要な部分を持っている。mRNA からたんぱく質設計に不要な部分を除去し、必要な部分をつなぎ合わせる過程をスプライシングという。(MBLライフサイエンス、RNA-RNPネットワーク、広がるRNA世界、遺伝子発現の流れ)

注3   第117回日本内科学会講演会 革新と伝統が協奏する内科学 教育講演 「筋萎縮性側索硬化症の病態における最新の進歩」 伊東 秀文

注4       ALSを対象とするコンデンセート創薬技術を活用した低分子薬創製に関する共同研究契約締結について、2024年12月5日田辺三菱製薬ニュース

https://www.mt-pharma.co.jp/news/2024/MTPC241205.html

注5 実験医学online、液‐液相分離解説、https://www.yodosha.co.jp/jikkenigaku/keyword/%E6%B6%B2-%E6%B6%B2%E7%9B%B8%E5%88%86%E9%9B%A2/id/106858

 Dewpoint Therapeutics and Mitsubishi Tanabe Pharma Corporation Enter Research Collaboration to Advance Small Molecule Condensate Modulator for ALS

注6 https://dewpointx.com/dewpoint-therapeutics-and-mitsubishi-tanabe-pharma-corporation-enter-research-collaboration-to-advance-small-molecule-condensate-modulator-for-als/

注7 A fully integrated discovery platform We integrate AI with state-of-the art interdisciplinary experimental technologies to ignite therapeutic possibilities in ways previously unimagined https://dewpointx.com/science/

注8 米WaveBreak社、TDP-43を凝集阻害する低分子薬の候補がALS治療薬として有望 日経バイオテク 2025年1月6日付け https://bio.nikkeibp.co.jp/atcl/news/p1/24/12/18/12781/

注9  WaveBreak Presents First Preclinical Data Demonstrating Efficacy of Small Molecule WTX-245 Inhibiting Source Mechanisms of TDP-43 Pathology, with Disease-Modifying Potential in ALS and FTD https://wavebreaktx.com/wavebreak-presents-first-preclinical-data-demonstrating-efficacy-of-small-molecule-wtx-245-inhibiting-source-mechanisms-of-tdp-43-pathology-with-disease-modifying-potential-in-als-and-ftd/

注10  Targeting fleeting intermediates inneurodegenerative diseases https://wavebreaktx.com/our-science/targeting-fleeting-intermediates/

注11  WaveBreak Technology Platform https://wavebreaktx.com/our-science/technology-platform/

 2025年3月23日   報告者 橋口 裕二@P-ALS

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