感覚ニューロンのALS耐性メカニズムの解明 :感覚ニューロンの構造的特徴が神経変性を防ぐ ~新たな角度からの ALS 病態理解と治療法開発や創薬への期待~
名古屋大学より、感覚ニューロンが筋萎縮性側索硬化症(ALS)に耐性を持つ理由を解明 〜感覚ニューロンの意外な構造的特徴が神経変性を防ぐ〜が報告されています(2025.7.9)。
① https://www.nagoya-u.ac.jp/researchinfo/result/2025/07/als-4.html
② https://www.nagoya-u.ac.jp/researchinfo/result/upload_images/20250709_med.pdf
上記2つの報告をもとに、レポートします。
名古屋大学大学院医学系研究科 機能組織学の桐生寿美子教授、木山博資名誉教授らの研究によるもので、以下のポイントが報告されています。
- ALS 疾患ではタンパク質分解機能が低下し運動ニューロン(運動神経細胞)が変性・消失しますが、感覚ニューロン(感覚神経細胞)は疾患に耐えることができます。
- なぜ感覚ニューロンが ALS 疾患に対して耐性を持つのかその理由は不明でした。
- 感覚ニューロンは成熟ニューロンに通常“有る”構造が“無い”ことで、タンパク質分解機能が低下しても運動ニューロンとは異なり神経変性を回避することが明らかになりました。
- 疾患早期にタンパク質分解による緊急応答メカニズムを適切に作動させることが新たな治療法の開発や創薬につながると期待されます。
1. 背景
ALSを含む多くの神経変性疾患では、プロテアソーム(細胞内で様々なタンパク質分解を請け負うタンパク質分解酵素の複合体で、ダメージなど緊急事態に直面したニューロンで積極的にタンパク質を分解し、さまざまな応答反応を活性化し、細胞保護を促す)が機能不全に陥り、異常タンパク質が蓄積することが知られています。研究グループでは、異常タンパク質が蓄積するずっと前の疾患早期にALS運動ニューロンがプロテアソーム機能不全のため、疾患によるダメージに対し、適切に対応できない状態に陥っているのではないかと考えています。
ニューロンはエネルギーを大量に使う細胞で、エネルギーを産生する細胞内小器官 である、ミトコンドリアを大量に必要としています。ニューロンは細胞体、樹状突起、軸索の3つの主要な部分から構成される細長い細胞であり、細胞体から軸索末端までミトコンドリアが細胞内を効率よく運ばれることが非常に重要となります。
日本学術会議、脳はこうして記憶する1より https://www.scj.go.jp/omoshiro/kioku2/index.html
ミトコンドリアは細胞体から軸索に入る前に、一旦選別を受けます。この軸索物流選別のゲートの役割をするのが、軸索初節(AIS:Axon initial segment)という、軸索の起始部(上図、軸索の細胞体のすぐ近くの部分)にある高度に特殊化された区画です。成熟ニューロン特有の構造で、この部位にはチャネル受容体や接着分子など特殊なタンパク質が密集し特徴的な構造をしています。ここは活動電位を発生させる場であると同時に軸索へ運ばれるべき物資とそうでない物資を選別する場でもあります。疾患や損傷などにより、ニューロンがダメージを受けた緊急事態に直面すると、輸送の制限をかけるAISは邪魔な存在となるため、プロテアソームにより一時的に分解されます。ゲートが壊れることで、大量かつ迅速に細胞体から軸索にミトコンドリアが供給され、軸索が保護されます。プロテアソーム機能不全に陥っているALSでは、疾患ダメージに応答しての緊急応答メカニズムを作動させることができず、神経変性が起きることが報告されています。一方、ALSで運動ニューロンだけが選択的に編成・脱落する理由はわかっていません。脊髄から出た運動ニューロン軸索は、感覚ニューロンのそれと一緒になり、脊髄神経を構成しています(表題下アドレス②の図2に説明画があります)。同じ脊髄神経を構成しながら、感覚ニューロンは影響を受けないのか、理由はよくわかっていませんでした。
2. 研究成果
(1)成果概要
研究グループはALSモデルマウスを用い、感覚ニューロンにはAISが存在せず、そのため、プロテアソーム機能不全の状態でもダメージに対して、高い耐性をもつことを突き止めました。
(2)研究の詳細
損傷を受けたニューロンのみに遺伝子操作が可能な坐骨神経損傷モデルマウスを用い、プロテアソーム機能不全に陥った状態でのダメージに対する耐性を研究しています。
坐骨神経は運動ニューロンと感覚ニューロンの軸索から構成される脊髄神経の一つであり、坐骨神経を切断すると運動ニューロンと感覚ニューロンを同時に損傷することができ、さまざまなダメージ応答反応を容易に比較することができます。研究グループが開発した、Atf3:BAC Tgマウスを用いることにより、ダメージを受けたニューロンのみにプロテアソームを欠損させることができ、また、ミトコンドリアを蛍光標識(ある分子に、蛍光性の分子を直接的、もしくは間接的に結合させて、その分子の目印とすること*)し、ミトコンドリアの動きを観察することが可能となります。坐骨神経損傷を受けたプロテアソーム欠損運動ニューロンは速やかに変性・脱落しましたが、感覚ニューロンはプロテアソームが欠損した状態でも変性・脱落せずに生き残ることがわかりました(表題下アドレス②の図2にて、説明図・画像が確認できます)。感覚ニューロンのAISを調べたところ、軸索入口付近には神経損傷前からAISが存在しないことがわかりました。感覚ニューロンの軸索は細胞体からとぐろを巻いて出るというユニークな特徴をもっており、この領域のミトコンドリア分布を調べたところ、ここには恒常的にミトコンドリアが豊富に存在していることがわかりました。AISとミトコンドリアは排他的(共存しない)関係にあり、感覚神経にはAISがないということが明らかになりました。
プロテアソーム機能不全に陥り、運動、感覚ニューロンともダメージを受けているALSモデルマウスを用いた同様の実験にて、疾患ダメージを受けた運動ニューロンではAISが残存しているが、感覚ニューロンではAISが存在しないこと、運動神経に比べ、感覚神経にはミトコンドリアが豊富に存在していることが確認されています(表題下アドレス②の図3にて、蛍光標識されたミトコンドリアの画像を確認できます)。
3. 今後の展望
「本来成熟ニューロンにあるはずのAIS構造が感覚ニューロンには存在しないことが、感覚ニューロンがALSによる神経変性を回避できるという、予想外のメカニズムであることがわかりました。今回の研究成果により、AISの分解制御がALS疾患ダメージに対して、耐性を獲得し、疾患を回避するための鍵であることが明らかになりました。また、今回用いた遺伝子操作マウスを用いることにより、早い段階でのプロテアソーム機能不全の影響を調べることが可能となり、ALS疾患早期あるいは発症前の状況を科学的に解明できる可能性が示されました。」と報告されています。
*蛍光標識:生物学用語辞典よりhttps://www.weblio.jp/content/%E8%9B%8D%E5%85%89%E8%89%B2%E7%B4%A0%E6%A8%99%E8%AD%98#google_vignette
2025年7月21日 報告者:橋口 裕二@P-ALS