‐ロピニロールのALS治療効果のメカニズム研究報告‐
2023年11月に当HPにて、ALS治療薬としてのロピニロールの開発について報告しました。ロピニロールは、パーキンソン病治療薬として、多くの国で使われており、日本では2006年に承認、製造販売が開始されています(注1)。慶応義塾大学医学部生理学教室岡野栄之教授らの共同グループは、ALS患者さんからとった血液細胞より、iPS細胞を作成、脊椎運動ニューロンに分化・誘導し、これをもちいて、米国で承認されている1232種類の薬剤の効果を検討し、ALS病態の改善が期待できるものとして、ロピニロールを選び出しました。医師主導治験(PhaseⅠ/Ⅱa試験、ROPALS 試験)にて、計1年の試験期間中に、プラセボ群と比較してロピニロール群において、病気の進行を 27.9 週間(約 7 か月)遅らせる可能性があること、家族性 ALS の患者のみならず、ALSの大多数を占める孤発性ALS 患者さんのうち約70%にも効果がある可能性が示されるなど、有効性が確認されています。現在2020年代後半の実用化を目指し、治験PhaseⅢ試験の準備中です(注2)。
共同研究グループはROPALS 試験に参加した20名の孤発性ALS(以下SALS) 患者さんのデータをもとに、ロピニロールのALS治療メカニズム研究を行い、2つの結果が報告されています。今回はこれについて、レポートします。
1.「筋萎縮性側索硬化症(ALS)患者の体液由来細胞外小胞における タンパク質組成の特徴とロピニロール塩酸塩投与による変化 -ALS 病態と治療メカニズムの探索と解明- 2024年7月22日、慶應義塾大学、公益財団法人がん研究会」
https://www.keio.ac.jp/ja/press-releases/files/2024/7/22/240722-1.pdf
本研究は、SALSの発症ならびに進行における細胞外小胞の寄与や、SALS 病態の理解、ならびにロピニロールの作用メカニズム解明を目的として、ROPALS 試験に参加した 20 名の SALS 患者さんより血液ならびに脳脊髄液を経時的に採取し、細胞外小胞の網羅的なタンパク質組成を解析しています。
細胞外小胞とは、脂質二重膜を持ち、体液中を循環している小胞のことで、タンパク質、核酸、脂 質などを内包しており、ほぼ全ての細胞から分泌され、他細胞へと受け渡されています。細胞間の生体物質伝達に関与し、細胞間コミュニケーションに寄与していると考えられており、悪性腫瘍や SALS などの神経変性疾患において疾患への寄与が推定されていますが、SALS における経時的かつ網羅的な細胞外小胞のタンパク質組成はよく分かっていませんでした。脳脊髄液とは、頭蓋内において、脳や脊髄を包んでいる液体のことで、SALS において変性・脱落する運動ニューロンは脳と脊髄に存在するため、脳脊髄液において病的変化が出やすいとされています。
プラセボ群とロピニロール投与群における、細胞外小胞のタンパク質組成の経時変化を測定したところ、SALS 患者において健常者と比して増加、ないし経時的に増加していたタンパク質群と、逆にSALS 患者において健常者と比して減少、ないし経時的に減少していたタンパク質群が確認されました。これらのタンパク質群の機能解析を行ったところ、SALS 患者において増加するタンパク質は炎症に、また、SALS 患者において減少するタンパク質群はタンパク質品質管理機構(細胞内外におけるタンパク質が安定して機能する性質)に関連していました。プラセボ群においては、炎症に関連するタンパク質が経時的に増加し、タンパク質管理機構に関するタンパク質が減少していきましたが、ロピニロール群では、これらの変化が抑制されていました。このことから、ロピニロールは、細胞外小胞のタンパク質組成の SALS における変化を抑制する効果を持つことがわかり、ALS に対する治療効果が示唆された、としています。
タンパク質管理機構に関しては、以下のような考察が述べられています。SALS では、運動ニューロンの細胞質にTDP-43 と呼ばれるタンパク質が凝集体を形成することが知られており、 その原因の1つとしてタンパク質品質管理機構の破綻が提唱されています。さらに、タンパク質品質管理機構に関与するタンパク質は、細胞外小胞によって他細胞に供給され得ることと、供給先の細胞においてその機能を発揮し、凝集タンパク質の分解に寄与することが報告されています(Takeuchi T, et al. Proc Natl Acad Sci U S A 2015)。よって、細胞外小胞に含まれるタンパク質品質管理機構に関与するタンパク質群が減少し、運動ニューロンへの供給低下により TDP-43 凝集が促進され、SALS 発症ならびに病態進行に寄与している可能性が想定される。ロピニロールは細胞外小胞に含まれる、タンパク質品質管理機構に関与するタンパク質群減少を抑制することにより、その治療効果を発揮している可能性が示唆されました。
ロピニロールによる炎症に関連するタンパク質の抑制については、iPS技術により作成した、アストロサイト細胞を用いて検討され、以下のように報告されています。アストロサイト細胞は、脳や脊髄を構成する細胞の 1 つで、ニューロンの周囲に存在している細胞。 ニューロンに対して栄養を供給したり、ニューロンの形状を保つなどの機能が知られており、最近では神経炎症における役割も重要視されてきています。健常人由来のアストロサイト細胞を作製、ロピニロール 投与/非投与条件下で培養し RNA遺伝情報の解析を行い、比較しました。ロピニロールは D2R-CRYAB と呼ばれる神経炎症の抑制経路を活性化し、神経炎症を抑制する効果を持つ可能性が示唆されました。
今後の展望として、本研究成果は、細胞外小胞に内包されているタンパク質群が SALS 発症ならびに病態進行に寄与している可能性を示唆しており、ロピニロールによってそれら病的変化が抑制されることがわかりました。今後、細胞内小胞を用いた ALS 治療や、神経炎症抑制ないしタンパク質品質管理機構の向上が ALS 治療戦略として有用である可能性が広がりました。と報告されています。
2.「iPS 細胞由来運動ニューロン ✕ ゲノムの統合解析により 筋萎縮性側索硬化症(ALS)の治療メカニズムを探索 -運動ニューロンにおけるコレステロール合成亢進が ALS 病態の鍵- 2024 年 9 月 11 日 慶応義塾大学」
https://www.keio.ac.jp/ja/press-releases/files/2024/9/11/240911-1.pdf
SALSより作成した人工多能性幹細胞 (iPS 細胞)由来下位運動ニューロン(以下SALS‐iPS運動ニューロン)は、健常者のものと比して神経突起長の短縮など、ALS の特徴を反映することが知られています。 iPS 細胞から脊髄運動ニューロンを誘導・培養する条件は同じであるにも関わらず、SALS‐iPS運動ニューロンにおいて ALS の特徴が再現されることから、SALS 発症は遺伝的背景によって規定されている可能性が示唆されていました。しかしながら、SALS 発症における遺伝的背景はよく分かっていませんでした。
ROPALS 試験に参加した 20 名の SALS 患者さんについて、ゲノムワイド関連解析(genome-wide association study; GWAS)と呼ばれる、特定の疾患や形質(身長など、外に現れた性質・形)と関連する遺伝的変異を特定する手法と、GWAS によって特定された遺伝的変異と、変異ごとの疾患ないし形質への影響の大きさ(重み)を積算して算出する多遺伝子リスクスコア (polygenic risk score; PRS)と呼ばれる手法を用いて、SALS‐iPS運動ニューロンの病態の原因とロピニロール反応性に関与する遺伝子の検討が行われました。
その結果、血中総コレステロールのリスクスコアが高い、すなわち血中総コレステロールが高くなる遺伝的背景を持っているほど、SALS‐iPS運動ニューロンの自然神経突起長が短く、ロピニロールによる改善度が大きいことが分かりました。ロピニロールは、運動ニューロンにおけるコレステロール合成酵素群の発現を抑制する効果があることが知られており、またSALS‐iPS運動ニューロンにおけるコレステロール合成酵素群の発現は健常者のものと比して高く、さらにその発現が高いほどロピニロールによる改善度が高いことが分かっています(Morimoto, et al. Cell Stem Cell. 2023)。よって、血中総コレステロール高値の遺伝的背景は、SALS‐iPS運動ニューロンにおけるコレステロール合成亢進を介して、神経突起長短縮やロピニロール反応性に寄与している可能性が示唆されました。
脊髄を含む中枢神経系におけるコレステロール代謝は、中枢神経系外における全身循環とは独立していると考えられており、コレステロールの全身循環に寄与する肝臓での合成と、脊髄におけるコレステロール合成は、異なるものと推察されています。血中総コレステロールの 8 割は肝臓で合成されることが知られているため、血中総コレステロール高値を規定する遺伝的背景が、運動ニューロンが位置する脊髄におけるコレステロール合成亢進と関連しているかは不明でした。そこで、公開データを用いて、コレステロール合成に関与する酵素群の遺伝子変異の効果を肝臓と頸髄で比較したところ、高度に一致していました。 よって、血中総コレステロール高値の遺伝的背景を持っていると、肝臓におけるコレステロール合成亢進だけではなく、頸髄におけるコレステロール合成も亢進していることが示唆されました。
マウスの脊髄においてコレステロール合成を亢進させると、ALS 様の運動症状が出現することが示されています(Dodge JC, et al. J Neurosci. 2020)。また、中枢神経系において合成されたコ レステロールは、24(S)-ヒドロキシコレステロール(24-OHC)などの代謝物に変換されることが知られていますが、24-OHC を代表とするコレステロール代謝物は、神経毒性を持つことが分かっています(Yamanaka K, et al. Cell Death Dis. 2014)。以上の知見を総括し、血中総コレステロールが高いことが孤発性 ALS の原因ではなく、血中総コ レステロール高値を規定する遺伝的背景に起因した運動ニューロンレベルでのコレステロール合成亢進が、下位運動ニューロンならびに孤発性 ALS 発症を惹起すること、そしてその抑制がロピニロールにおける抗 ALS 効果の作用機序であるという仮説を提唱します、としています。
【筆者注】
上述のように、脊髄を含む中枢神経系におけるコレステロール代謝は、中枢神経系外における全身循環(肝臓で合成され、血中などをめぐるコレステロール代謝)とは独立したものと推察されています。血中コレステロールとロピニロールの関係については、岡野教授から以下のような注意がコメントされています。
「コレステロール」の合成を抑制すると聞くと、肝臓で合成される血中コレステロールのことを思い浮かべる方もいるかもしれません。しかし、ロピニロール塩酸塩が影響を及ぼすコレステロール生合成経路は、脳のアストロサイトにおけるものです。ロピニロール塩酸塩と血中コレステロールとの関係は不明であり、”コレステロールの高いものを食べないほうがいいという話ではない”」(注3)。
3.追記:コレストロールとALSに関する研究の状況について
コレステロールとALSとの関連については、2022年の論文(注4)では、コレステロールや中性脂肪とALSの生命予後(病気の経過が命に与える影響)との関連はここ10年間のトピックスの一つである。2008年にLow density lipoprotein cholesterol:LDL‐C(悪玉コレステロールと言われる)がALSの進行に対して保護的に作用することが報告されて以来、それを支持・ 否定する論文が多数報告されている、としています。また、2023年に発刊されたALS診療ガイドライン2023(注5)でも、LDL‐C血症、High density lipoprotein cholesterol(善玉コレステロールと言われる):HDL-C比(HDL-CとLDL-Cの比率)が、ALSの進行に防護的に作用するとの報告が多いが、否定的な報告もある。賛否両論があり、一定の結論には至ってない、としています。
また、TDP-43を過剰発現する細胞培養系を用いた研究では、TDP-43が増加すると、コレステロール合成を制御する転写因子SREBP2の活性が低下し、これによりコレステロールの合成が低下することが見出だされています。コレステロールは細胞の増殖や生存に必須な成分であり、一般的に、脳・脊髄においては、グリア細胞(グリア細胞の一種がアストロサイト)がコレステロールの主たる産生源として神経細胞へ供給しているとされています。本研究から、TDP-43はSREBP2制御を通して、神経細胞・グリア細胞の脂質代謝が低下し、細胞死に影響を及ぼしている可能性を示しています、とする報告もあります(注6)。
今後、脊髄運動ニューロンなど中枢神経系におけるコレステロール産生・代謝とALS、中枢神経系以外でのコレステロール産生・代謝とALSなど、コレステロールとALSとの関わりの全体像解明が進み、ALS発症メカニズムの一端が明らかになるとともに、新しい治療薬の実現につながることを期待したいと思います。
注1 ロピニロールは、パーキンソン病治療薬として、2006年10月にグラクソ・スミスクラインが製造販売承認を取得、同年12月に販売開始(商品名:レキップ)。ドーパミン受容体に結合し、ドーパミンと同じような働きをすることにより、パーキンソ病の症状を抑える。現在は、多くのメーカーからジェネリック医薬品も販売されている。錠剤、徐放(CR)錠、テープ(ジェネリックのみ)がある。
注2 AnswersNews 連載・コラム iPS細胞で見出したALS治療薬、2020年代後半に実用化―ケイファーマ・福島弘明社長 2024/09/25
https://answers.ten-navi.com/pharmanews/28760
注3 【世界ALSデー】最新ALS治療薬「ロピニロール」とALS患者の現在地
2024/06/26 https://shigoto4you.com/kpharma_alsday_2024/
注4 筋萎縮性側索硬化症の代謝異常と栄養療法、神経治療 Vol. 39 No. 1(2022)
注5 筋萎縮側索硬化症(ALS)診療ガイドライン2023 [監修]日本神経学会、[協力機関]日本神経治療学会、厚生労働省「神経変性疾患領域の基盤的調査研究」班、[編集]筋萎縮側索硬化症診療ガイドライン作成委員会
注6 ALS病因タンパク質TDP-43はコレステロール合成を制御する~ALSにおける脂質代謝異常と栄養療法のメカニズム探索~ 京都大学iPS細胞研究所 CiRA 2022/05/16 https://www.cira.kyoto-u.ac.jp/j/pressrelease/news/220516-110000.html
2024年11月20日 橋口 裕二/P-ALS