画期的な新規医薬品を日本の患者さんに届けるための取り組みが始まっています
前回は日本におけるドラッグ・ロスの現状と原因についてレポートしました。今回は対策編:ドラッグ・ロス解消に向けた取り組みをレポートします。
1.規制当局による取り組み
(1)厚労省自らがドラッグ・ロス品目のニーズ調査に着手
昨年令和6(‘24)年9月18日付け事務連絡、「ドラッグ・ロスの実態調査と解決手段の構築への御協力依頼について」が厚労省より発出されています。
https://www.jsog.or.jp/news/pdf/20241008_kourousho2.pdf
これによると、従来は厚労省が学会等からのドラッグ・ロス製品の開発要望を受け付け、「医療上の必要性の高い未承認薬・適応外薬検討会議」(以下検討会)において、医療上の必要性を評価し、製薬企業にドラッグ・ロス製品の開発を促すという流れでした。これに対し、今後は、学会等からの要望を待つことなく、厚生労働省が能動的に、国内のドラッグ・ロス品目の国内における医療ニーズの調査等を実施するとして、昨年10月1日に日本医学会にアンケート依頼がされています。日本医学会加盟学会からのアンケート回答を本年3月までに整理・評価し、成果物としてまとめ、検討会にて評価し、製薬企業に開発要請を行うという流れになっています。
(2)海外で臨床開発が先行した医薬品の国際共同治験開始前の日本人での第1相試験は原則不 要に
前編にて報告しましたが、従来の通知では、日本では国際共同治験に参加する前に日本人での安全性を確認するための第1相臨床試験の実施が原則として必要とされており、日本の治験参加の遅れや日本を外しての治験の実施などの原因となっていました。
一昨年令和5(’23)年12月25日付け、厚労省通知「海外で臨床開発が先行した医薬品の国際共同治験開始前の日本人での第1相試験の実施に関する基本的考え方について」(医薬薬審発1225第2号、https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?dataId=00tc8153&dataType=1&pageNo=1)にて、「一般に、国際共同治験開始前の第1相試験については、人種・民族や国・地域ごとに実施することが必須となるものではない。」とし、「必要と考えられる場合を除き、原則として、日本人での第1相試験を追加実施する必要はない。」という基本的考え方が示されています。また、個別品目として、「希少疾患、難治性かつ重篤な疾患又は小児(成人開発の有無を問わない。)に用いる医薬品など、アンメットメディカルニーズが高く、日本での開発のために、実施予定又は実施中の国際共同治験への参加が望ましいと考えられる場合は、適切なインフォームドコンセントを得た上で、日本人第1相試験を実施せずとも国際共同治験に参加できる。」としています。
(3)希少疾病用医薬品(オーファンドラッグ)指定の緩和
前編にて、日本の薬事審査が他国と見劣りする原因の一つとして、“優先審査指定のハードルが高い”がありました。これは、オーファンドラッグの指定基準が他国と比較して、厳しいということも関連しています。日本におけるオーファンドラッグは以下のように説明されています。「オーファンドラッグ指定されるための基準は、患者数が5万人未満であること、難病など治療が難しい病気であること、医療上の必要性が高いこと、他に代替する適切な医薬品や治療方法がないこと、すでにある薬と比較して非常に高い有効性または安全性が期待されることなどがあります。基準を満たし、オーファンドラッグに指定されると、研究開発のための助成金が交付されるほか、できるだけ速やかに患者さんに提供できるよう、他の薬に優先して承認審査がおこなわれるなど、各種の措置が受けられます。」(日本製薬協薬の情報Q&A 注1)
第8回創薬力検討会(注2)によれば、「日本のオーファンドラッグの指定範囲は欧米と比べて狭く、これが日本における開発促進を妨げる要因のひとつとなっていると指摘されている(2022年の実績では、日本:オーファンドラッグ指定25件、うち承認が2件。米国:指定402件、承認が73件)。日本製薬工業協会のアンケート結果によると、オーファンドラッグに指定されなかったことにより開発計画に影響を与えた品目は、ドラッグ・ラグ製品86 品目中13 品目あり、実際の開発に一定の影響を与えていると考えられる。また、特にベンチャー企業においては、投資の呼び込みに当たってオーファンドラッグの指定は大きな要素であると言われている。」と報告されています。
第8回創薬力検討会にて、以下のようなオーファンドラッグ指定の見直しが行われ、「希少疾病用医薬品等の指定に関する取扱いについて」の一部改正について(医薬機審発 0116 第1号 令 和 6 年 1 月 16日)として発出されています。
https://www.mhlw.go.jp/content/11120000/001285836.pdf
① 疾患全体数が5万人以上であっても、年齢層(小児を含む)、 治療体系、治療ライン、リスク分類、投薬の必要性等を含め、医学薬学上の適切な根拠に基づき、高いアンメットニーズがありつつも開発が進んでいない範囲に限定した対象疾患数に絞り込むことも許容する。
② 指定要件の一つである「代替する適切な医薬品等又は治療方法がないこと」について、「既承認薬があれば、その効果の程度によらず代替する適切な医薬品があると判断される場合があった。例えば、生命予後に重大な影響のある疾患であって、承認されている医薬品では必ずしも十分に奏効が認められない場合であって、当該疾患に対する新規作用機序の医薬品の開発を行おうとする場合などにおいても、代替する医薬品がある場合に該当すると考えられてきた。」 この点について、以下が確認されたとしています。
‐既承認薬が全くない場合のみではなく、既承認薬による治療法がいずれも予後不良の場合など、充足性に応じて複数の治療選択肢が必要とされている場合も要件に該当する
‐医療環境・投与環境から既承認薬の投与が困難である患者が一定数存在する場合も、要件に該当する場合
‐既承認薬による治療法の充足性が低い場合には、当該疾患に対する 新規作用機序であることや、非臨床データ等に基づき有用性が期待できることをもって、要件に該当する場合がある。また、必ずしも日本人のデータは指定に必要ないこと。
(4)薬価加算の拡充
厚労省は令和6(’24)年度薬価制度改革について(令和6年3月5日版)にて、薬価制度の様々な拡充を報告しており、以下のような改革事項を示しています(注3)。
① 日本への早期導入に関する評価
迅速導入加算の新設(優先審査品目かつ欧米での初承認から6か月以内等の要件を満たす品目の薬価を加算する)
② 新薬創出等加算の見直し
薬価加算対象期間中の薬価維持、対象品目(小児用医薬品、迅速導入加算医薬品)の追加
③ 新薬の薬価収載時における評価 ・有用性系加算の評価の充実
市場性加算、小児加算等の加算率の柔軟な判断:例えば以下のような品目の評価の充実
・患者数が著しく少なく、市場規模も小さい希少疾患用医薬品(500人未満/50億円未満など)
・重篤な疾患を適応対象とする場合、新生児・乳児、または低年齢の幼児を対象とした臨床試験が行われた場合
・実施困難な国際共同治験への参画により、世界の開発にあわせて日本でも開発されていた場合
なお、新規モダリティのイノベーション評価については、次期改定に向け検討中とのこと。
(5) PMDA(医薬品医療機器総合機構、注4)の取り組み:海外での情報発信の強化、海外ベンチャー企業へのアプローチ
海外の革新的製品を開発するベンチャー企業等に対し、 日本での開発も検討できるよう、日本の薬事制度等に関する情報を直接発信する。昨年上半期は4つの海外学会(主に米国)のパネルディスカッションの参加、講演の実施等。PMDAとして、以下のキーメッセージを掲げている。
・世界最速レベルの速さと、高い質の審査
・国際共同開発の促進への取組 (国際共同治験参加の際に日本人第1相試験原則不要を明確化したこと等)
・日本で開発を行う際の支援 (開発早期から承認後まで科学的な相談を実施、国際的に規制調和が行われていること等))(注5)
2024年11月にはPMDAワシントンD.C.事務所設立を設立、「米国食品医薬品局(U.S. FDA)を含む米国行政機関と現地での薬事規制協力の強化、規制情報の情報交換を進めます。また、在米のスタートアップ・ベンチャー企業に対しては、日本の承認審査や市販後安全対策等の規制に関する情報を迅速に提供するとともに、初期の総合的な開発相談及びこれらに関連する業務等を行います。」としています(注6)。
2.医学界の動き(ALS関連)
筋萎縮性側索硬化症(ALS)治療薬開発を加速! 日本発の新たなALS治験ガイドライン策定が始動(注7)
昨年承認されたALS治療薬ロゼバラミンの治験の中核であった徳島大学より、今年1月に上記がプレスリリースされています。「ALS 治験に関する指針が日本には存在しないことが、薬の承認プロセスにおける遅れ(ドラッグ・ラグ)や、海外で使える薬が日本で使えないドラッグ・ロスを引き起こす要因となっています。この課題に応えるため徳島大学は日本医療研究開発機構(AMED)の委託により、ALS 治療薬の臨床評価 ガイドライン作成プロジェクトを立ち上げました。」「この研究では、欧州医薬品庁(EMA)や米国食品医薬品局(FDA)が発表しているガイドラインをふまえ、最先端の評価手法を日本版ガイドラインと して整備します。さらに、このガイドラインを英語版として公開し日本国内のみならず国際共同治験にも対応可能な環境を構築します。」「これにより、治験の効率を高め、患者の負担を軽減しながら、有効性と安全性の評価を進めることが期待されます。」としています。
3.産業界の動き
日本の治験の高コストの原因として、新規モダリティー医薬品の臨床試験に対応可能な施設が少ないこと、これらの医薬品製造に対応できる機関が日本には少なく、海外からの輸送費がかかることが挙げられていました。これに加え、日本の治験については、産業界および医学界からみた共通課題として、DXの導入の必要性(関係文書の電子化、治験ネットワークの活用等による症例集積、効率性の向上、希少疾病等における治験アクセス向上治等)が挙げられています(注8)。これらを改善していく、民間企業の取り組みも始まっています。
(1)富士通、米新興と治験デジタル化 売上高200億円に(注9)
日本経済新聞は、「富士通は2024年8月26日、製薬会社向けに治験計画の策定支援サービスを手掛ける米スタートアップのパラダイム・ヘルスと提携したと発表した。パラダイム・ヘルスのサービスは米国でエピック・システムズやオラクルなどの医療用ソフトウエア大手と連携しており、既に400の施設で使われている。富士通は医療機関向けに患者の診療データを収集・加工するサービスを手掛け、両社のサービスを連携して臨床試験にかかる時間の短縮とコスト削減につなげる。」「具体的にはまず、富士通が同社の大規模言語モデル(LLM)を用いて診療データやゲノム(全遺伝子情報)などの臨床データを各種規制に準拠した形式に加工する。パラダイムはその加工データを基に、治験を実施可能な医療機関や患者の分布状況を可視化する。これにより、製薬会社の治験計画策定業務を効率化できるようになるほか、医療機関も患者が参加できる治験の情報を早期に把握できるようになる。」
「日本では治験の対象となる患者が複数の病院に分散しているため、治験計画に必要な症例収集に時間とコストがかかる。その結果、新薬開発のために企画される国際共同治験の対象地域から除外されるケースが増加している。」「富士通はパラダイムとの提携で治験業務をデジタル化して国際共同治験の誘致を促進したい考えだ。同日の会見で大塚尚子執行役員は「人手に頼った治療プロセスをデジタル化することで、日本で実施される国際共同治験件数を今の何倍にもする」と述べた。」と報告しています。
(2)富士フィルム「バイオ医薬のTSMCに」 1兆円投資の大勝負、日本にもCDMO(製造開発受託機関)の拠点を整備(注10)
日経新聞から、「富士フィルムは2010年代、たんぱく質や生物由来の物質を原料にして造るバイオ医薬品に関し、製薬会社などから開発業務や製造業務を受託するCDMO事業に注力してきた。これは、医薬品の主流がバイオ医薬品にシフトし、薬の開発と生産の役割を分離する水平分業が浸透しつつあること。同社には写真フィルムで培った精緻なものづくりのノウハウがあることを背景にしている。今は研究開発段階のバイオ医薬品などの生産を積極的に手掛け、売上高は年平均30%のペースで成長を続けている。さらなる成長を狙って大型投資をしているのが、デンマークの工場だ。米ノースカロライナ州の設備にも1000億〜2000億円規模の大型投資を仕掛け、これまでの累計投資額は1兆円を超えている。そして、日本国内にもバイオCDMOの拠点を構える予定だ。子会社の富士フイルム富山化学(東京・中央)の富山第二工場(富山市)に約600億円を投資し、2027年の稼働を目指す。」と報告されています。
(3)日東電工、米オハイオで核酸医薬CDMO再増強へ 開発初期囲い込み(注11)
日東電工は核酸医薬品のCDMOにおいて、世界トップシェアの企業です。米国オハイオ州とマサチューセッツ州、日本の宮城県大崎市に拠点があり、「これまで米国で1000配列以上の製造実績を重ねており、核酸にペプチドや脂質、抗体などさまざまな機能性リガンドを加えて機能を高めたコンジュゲーションサービスを展開してきた。日本国内でもカスタマイズ需要が増大してきたことから、東北事業所でも米国の知見やプロセスを用いて複雑化する核酸の合成に応えるべく、体制整備に向け設備や人員を拡充していく」としています。
以上、2回にわたってドラッグ・ロスについてレポートしました。ドラッグ・ロスを防ぐためには、私たちが、最新の海外ALS治療薬開発動向を知っておくことも非常に重要です。本ホームページでもそのような情報をいち早くお届けできればと思います。
注1.製薬協 くすりの情報Q&AQ54.「オーファン・ドラッグ」とは、どのようなくすりですか。
https://www.jpma.or.jp/about_medicine/guide/med_qa/q54.html
注2 第8回 創薬力の強化・安定供給の確保等のための薬事規制のあり方に関する検討会 資料https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_37787.html
注3令和6年度薬価制度改革について(令和6年3月5日版)
https://www.mhlw.go.jp/content/12400000/001238906.pdf
注4 PMDAとは、医薬品などの承認審査、健康被害救済、安全対策の3つの役割を一体として行う独立行政法人https://www.pmda.go.jp/about-pmda/outline/0001.html
注5 PMDAに関係する最近の動き
https://www.pmda.go.jp/files/000269481.pdf
注6 PMDA米国初の海外拠点としてワシントンD.C.事務所を設立
https://www.pmda.go.jp/int-activities/overseas-office/dc/0001.html
注7 徳島大学プレスリリース 2025年1月28日
https://www.tokushima-u.ac.jp/fs/4/6/8/3/3/3/_/pressrelease012802.pdf
注8 治験に係る取組と今後の対応について 令和5年4月26日 第9回医薬品開発協議会
厚労省 https://www.kantei.go.jp/jp/singi/kenkouiryou/iyakuhin/dai9/siryou3.pdf
注9 富士通、米新興と治験デジタル化 売上高200億円に 日本経済新聞 2024年8月26日 https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC21AGW0R20C24A8000000/
2024年8月26日 富士通株式会社プレスリリース
https://pr.fujitsu.com/jp/news/2024/08/26.html
注10 日本経済新聞 富士フイルム「バイオ医薬のTSMCに」 1兆円投資の大勝負
2025年1月15日https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC077540X00C25A1000000/
注11 化学工業日報ニュース 2024年6月12日 https://chemicaldaily.com/archives/477634
2025年2月16日 橋口 裕二@P-ALS