ALS専門情報

続々と発見される数々のALS病因遺伝子変異とタンパク質異常蓄積

ー関連遺伝子の発見と関連タンパク質の病因となるメカニズムの解明、個別化医療ー

がんの病気が身近にある方々の間では、Personalized Medicine あるいは「個別化医療」という言葉を耳にした方は多いと思います。 神経難病分野においては、この言葉は一般人の間ではなかなか浸透していないのが内外を問わず現状だと思います。しかしながらここ最近ALSを含む神経難病分野でもゲノム学やタンパク質病態、分子構造解析などの導入で少しずつ一般人の耳や目に「個別化医療」と言う言葉は入ってくるように感じられます。

ご存じのように、ALSと関連のある遺伝子が次々と発見され、現在の時点では40個以上にまで増えています。その中にはさらなる検証が必要なものもありますが期待される方向に進んでいることは明らかです。従来の発症部位による3つの型(普通型(上肢から)、進行性球麻型(咽喉から)、偽多発神経炎型(下肢から)の3つ)のALS分類法に加え、家族性(familial)か孤発性(sporadic)かの区別がありますが、家族性あるいは孤発性のうちどの遺伝子の変異を持つタイプなのか、全く持たないもの(あるいは関係がまだ発見されていない遺伝子)なのか、一つの遺伝子変異だけでなく、どれとどれの複数の遺伝子変異を持つタイプなのか、その組み合わせ、症状、分子病態研究などでも分類されてきています。孤発性の〜11%もが何らかの遺伝子異常を含んでいるという報告も出ており、それら分類された全てをまとめて「ALS」と呼び続けていいのか、それともそれぞれが違う疾患なのか、という「ALSの定義」も含め、改めて神経変性疾患分野の最先端研究者たちの新たな視点からさまざまなインサイト(洞察)と示唆が提示されています。

注 分子病態 難治疾患の病因や病態形成に関わるヒト遺伝子変異の同定と機能異常の解明ならびにゲノム多様性の進化学的、生物学的意義の解明

孤発性でも遺伝子変異が見られる患者もいることから、発病には遺伝的要因(かかり易い体質)となんらかのトリガーとなる環境要因が重なって初めて発症するのではという考え方が現在の時点では主流のように感じられます。ご存じのようにゲノム学や分子細胞学領域、タンパク質構造解析、iPS細胞技術、再生医療分野などの目まぐるしい発展、そして化合物スクリーニングなどの最新研究手法、医療機器デバイスの進歩や人工知能、意思伝達機器、脳とコンピューターのインターフェース技術などでALSを取り巻く環境は近年極めて大きく変化してきています。そういった多彩な技術が駆使されてALSと呼ばれる複雑な疾患に関する知識量が増え続けています。「Cure(退治治癒法)は見つかっていませんが、ALSと生きていく方法、意義ある人生を歩んでいく方法が可能になってきました」と、30年以上ALS分野に貢献し続けているフィラデルフィアのテンプル大のALS センター長のテリー・ヘイマン・パターソン医師は米国団体ALS Hope Foundationの主催する教育ビデオ・レクチャーで言及しています。実際に10年、20年、30年以上も活動的に生きておられる患者のニュースや著書やブログを見かけたります。

ALSの一部のタイプに表れる何らかの症状と全く同じ症状を有する別の神経変性疾患である前頭側頭葉変性症(FTLD)がALSと同じ遺伝子変異(C9orf72という遺伝子の変異)を共有していることが何年か前に判明し、FTLDや、前頭側頭型認知症(FTD)やパーキンソン病(PD)や進行性核上性麻痺症(PSP)や皮質基底核変性症(CBD)やアルツハイマー病(AD)や多系統萎縮症(MSA)などの神経変性疾患の症状から見た交錯関係や、タンパク質分子病態から見た交錯図がウェブサイトで見かけられたりします。下の図はいくつかの論文やサイトで見かけた図を簡略化したものです。

疾患の成立までに結びつく複雑な過程を、遺伝子や分子のレベルで詳細に捉え、それらの異常がどのような機構で細胞内や組織、さらに患者の機能の異常に結びつくかを解明していくアプローチ

下に掲載したグラフはALS Online Database (alsod.ac.uk) が提供するもので、これまで発見されてきたALS遺伝子を検証度で5つのレベル(希薄、中、強、臨床上修飾、決定的)に分け、現時点で決定的エビデンス・レベルと判断された遺伝子のみを取り上げてグラフ化しています。それぞれの遺伝子のALSとの関連が発見された年度と、これまで発見された遺伝子のトータル数で表示したものです。 Neurology関連誌の論文やALSレクチャーでよく引用される便利な図です。

Chart

Description automatically generated

これまでに発見されたALSの気になる病因遺伝子ですが、40個以上(論文によっては50個)もある中で検証がまだまだ十分でないものもありますが、検証が十分に満たされ Definitive ALS Gene(決定的遺伝子)と確認されたものが20個ほどあり、欧米だけに限らず世界的に知名度が高いのが次の4つかと思います。 

  1. SOD1
  2. TARDBP (TDP-43タンパク質を作る)
  3. FUS
  4. C9orf72

SOD1 

SOD1(Superoxide Dismutaseの略)が最初に発見されたALS遺伝子変異で、1994年と今から29年も前のことです。スーパーオキシド・ジスムターゼという酵素を作る指示を出す遺伝子であり、欧米においては家族性ALSで21%、孤発性で2%の病因遺伝子です。(両方合わせても全ALSの〜4%ほど。注意:家族性は全ALSの〜10%のみ)日本では、家族性で32%、孤発性で2.2%、全体で約5.2%です。 それから10年以上経た2000年代後期にはゲノム解析技術が出てきていくつかの発見が起き、2010年以降はゲノム解析のコストが千ドル以下にまで落ち、グラフでも明らかなように発見数が急増してきました。

TARDBP

2008年にALSとの関連が発見された遺伝子がTARDBP(TAR DNA Binding Proteinの略)という遺伝子です。TARDBPは mRNA (messenger RNA: さまざまなタンパク質を作成する青写真と呼ばれるものでCoding RNA)やRNAの代謝プロセスの抑制、調整をする大事な機能を持つ遺伝子です。例えばその遺伝子がコードするTDP-43タンパク質は、mRNAの転写、翻訳、輸送、安定化、またmiRNA (マイクロRNA、Non-coding RNA)と長鎖ノンコーディングRNA (lncRNA)のプロセスなどに関与しています。  欧米や日本のいくつかの論文によりますと、このタンパク質TDP−43の異常蓄積はなんと全ALS中〜97%ものALSに見られるとのことです。残り3%の殆どはタンパク質FUSの異常蓄積で、残りはタンパク質SOD1蓄積とのことです。

通常、TDP-43タンパク質は細胞の核内に存在するタンパク質ですが、ALSのほとんどにおいて(家族性だけでなく孤発性にも)は、このタンパク質は核の中からは無くなっており、核の外にある細胞質内で異常な凝集蓄積をしているとの報告です。このDTP-43たんぱく質は、多過ぎても少な過ぎても毒性となり細胞死を招くので、繊細な調節が必要とされ、「ゴルディロックス・たんぱく質」というあだ名が研究者たちの間でつけられているようです。興味深いことに、このTDP-43タンパク質の異常蓄積は、ALS だけでなく、先に添付したグラフに示されていますように、FTLD やアルツハイマー、パーキンソン病、ハンチントン病、PSPなど多くの神経変性症にも見られる異常蓄積です。

Diagram

Description automatically generated with medium confidence

https://www.frontiersin.org/articles/10.3389/fnmol.2019.00025/full

https://medicine.umich.edu/dept/mni/news/archive/202302/rna-modification-%E2%80%98pivotal%E2%80%99-protein-linked-neurodegeneration-als

FUS

2009年に発見されたのが3番目のFUS(Fused in Sarcoma 肉腫融合)という遺伝子の変異です。FUSはRNA結合タンパク質であり、選択的スプライシング、RNA転写などRNA代謝全般に機能する分子です。2022年の米国の論文ではFUS変異は家族性ALS の4−6%、孤発性ALS の0.7−1.8%と報告されています。これを合計すると全体の約1.7%にしかすぎません。日本の2020年の論文では日本の家族性で約11%と報告されています。孤発性ではどのような遺伝子変異が同定されているのか疑問に感じ何か発表されていないか探しましたら、欧州と日本で比較した図が東京大の論文PPTで見つかりました。下記の図では欧州では約11〜12%ほどの孤発性のALS において、遺伝子変異が同定されていることが示されております。日本の孤発性A LSにおいては今のところほんの4%しか同定されていないようです。日本のALS にはまだ同定されていない病因遺伝子が多くあるということなのでしょう。

https://www.mhlw.go.jp/content/10905000/000555272.pdf

https://ng.neurology.org/content/8/4/e200009#:~:text=One%20of%20the%

20ALS%2Dcausative,sporadic%20ALS%20(sALS)%20cases.

https://mhlw-grants.niph.go.jp/system/files/report_pdf/202011081A-buntan1.pdf

C9orf72

そして2011年に4番目のC9orf72という遺伝子変異が同定されました。欧米においては最も頻度の高いALS病因遺伝子です。約40%の家族性ALSに見られ孤発性のALSでは4−7%ほど見られるそうです。(合わせると、全ALS の約〜11%)この遺伝子変異はALSの類縁疾患であるFTDの40%にも見られるとのことです。欧米に比べ、日本のALS全体ではこの遺伝子の頻度は低く、2019年の論文によりますと、家族性で2.6%、孤発性で0.2%とのことです。しかしながらALS多発地域である紀伊半島では20%という数字が出ているそうです。ALS という病気がいかに複雑で遺伝的要因と環境的要因の両方が絡みあっているかが示唆されます。このことは米国の一定の地域の住民や、退役軍人の間でALS 発症率が一般人の数倍から10倍近いことからも伺えられます。

https://www.neurology-jp.org/Journal/public_pdf/053111074.pdf

先述した東京大の図でも明らかなように、ALS病因遺伝子の頻度には明らかに人種差が存在することが以前から指摘されています。2017年に東北大のチームによってNeurobiology of Aging 誌のオンラインで、日本における家族性ALSの最多の頻度はSOD1(32%)で、2番目がFUS(11%)と発表されています。

Chart, pie chart

Description automatically generated

https://www.tohoku.ac.jp/japanese/newimg/pressimg/tohokuuniv-press20170131_01web.pdf

この円グラフは家族性ALSだけで調べたものを表示していますが、日本の孤発性について名古屋大をはじめとした複数の大学(徳島大、三重大、岡山大、東大、千葉大)のチームから遺伝子TBK1の変異について発表がされていました。 言及に値するのは、この遺伝子の頻度は家族性ALSで比較すると白人が日本を含むアジア人より多いとされていましたが、Loss of Function(機能損失)の観点で比較すると白人とアジア人の間ではほとんど同じ頻度という結果が出たとのことです。 日本人のALSによる機能損失者と健常者対象と比較すると10.2という数字が出ており、TBK1遺伝子変異の日本人患者における孤発性ALS病因への寄与を示していると結論づけています。 

米国のNeurology関連オンライン誌で見かけた発言では、そもそもALSの発症平均年齢が60歳前後(58歳)なので先祖親戚にALS遺伝子を持っていた人がいたとしてもALSが発症する前に他の理由で死亡したというケースが多く、本人や家族が知らないことにより、家族性のグループに入っていない場合が多いのではと指摘しています。そのためこういった調査は機能損失の観点から比較すべきだと述べています。ちなみに米国では1930年、日本では1950年になって初めて男性の平均寿命が58歳に到達しています。つまり、それまでは発症する前に他の理由で亡くなったケースが多々であったと考えられるということです。それと同様のコメントが最近のヨーロッパ(英国、オランダ、ベルギー)とオーストラリアの共同研究チームの論文にも挿入されていて「C90orf72の変異が欧米の孤発性ALS の約10%にも見つかっていることからも示唆されるように、家族性と孤発性間における違いというのは任意(不規則で意味のないこと)なのかもしれない」と記述されています。病因遺伝子の続々の発見と同時に、それらの変異が関連するタンパク質分子に及ぼす影響、タンパク質病態の研究も日々深まっていっています。

このような遺伝子発見とともに標的となるタンパク質分子が導き出され、結果としてバイオマーカーと見なされるようになったもの、またバイオマーカー候補として期待されているもの、標的となるタンパク質構造の解析(ミスフォルド)、タンパク質病態とその原因メカニズムの解明による薬剤の開発、それら薬剤の臨床検査の進捗、成果、FDA認可などに焦点を当てて、欧米で話題になっているニュースや論文をこれからも徐々に共有していきたいと思います。

https://jnnp.bmj.com/content/92/1/86

https://www.jneurology.com/articles/multiethnic-comparison-of-the-characteristics-of-amyotrophic-lateral-sclerosisrelated-tbk1-gene-variants.html

http://www.intermed.co.jp/pdf/3-1heikinjyumyou_h24.pdf 

July, 2023

Nobuko Schlough

日本大学文理学部英文科卒業(BA) University of Wisconsin – Whitewater にてジャーナリズム修士号取得(MS) 米国ウイスコンシン州で、ジェネラルエレクトリック社の医療事業部門GE Healthcare社にて32年間勤務GEHC社ではインターナショナル・カスタマープログラムやインターナショナル・アカデミックプログラムを担当。2021年にGEをリタイアし、Cozy Globe Enterprise、LLC を設立。コンサルティング、医療制度、医療政策、医療動向リサーチ原稿執筆、翻訳等のサービスを提供している。40年近くウイスコンシン州在住。趣味はオーガニック家庭菜園、園芸、ペット(犬猫)、野鳥、読書、音楽鑑賞、他

関連記事