イーライリリー(Eli Lilly)は、筋萎縮性側索硬化症(ALS)の治療薬パイプライン(研究開発から販売までの医薬品候補)に新たな候補を加えるべく、英国のスタートアップ企業Alchemabから現在臨床試験の準備が進められている抗体を導入しました。
このライセンス契約は、今年1月に発表された両社の既存の協業関係を拡大するもので、Alchemabは人工知能(AI)を活用した創薬プラットフォームを通じて、「レジリエント(抵抗性のある)」患者――つまり、病気の進行が異常に遅い人々――から採取したサンプルから有望な治療用抗体を特定しています。
新たな契約の財務条件としては、AlchemabのALS向け主力候補薬「ATLX-1282」の権利を取得するための一時金に加え、研究・開発・商業化に関するマイルストン支払いが含まれており、ロイヤリティを除いた取引総額は約4億1500万ドル(約600億円 1ドル/144円)上るとAlchemabは発表しています。
同社のウェブサイトによると、「ATLX-1282」は運動ニューロンに存在する受容体「UNC5C」を標的としており、ALSのみならず前頭側頭型認知症(FTD)や高齢発症型アルツハイマー病など、他の神経変性疾患においても有望な治療標的とされています。
Alchemabは、神経変性、免疫、がん、健康的な加齢に関連するおよそ6000件の患者サンプルのライブラリと、ケンブリッジにあるNvidiaのスーパーコンピュータを活用し、通常ならFTDを引き起こす変異を持ちながらも高齢になっても健康を保っている人々の中から、抗体を特定しました。
同社の科学者たちは、抗体配列から逆に標的となる分子を特定し、これまで知られていなかった”ニューロンを変性から守る働き”を示す証拠を見出しました。この取り組みは、レジリエントな個体の膨大な抗体配列を解析するAlchemabの独自プラットフォームから生まれた初のプロジェクトとなります。
なお、リリーとAlchemabの既存契約では、ALS向けの最大5つの新規治療薬を共同で発見・開発・商業化するパートナーシップが結ばれています。一方で、リリーはVerge GenomicsやQurAlisとの提携、Prevail Therapeuticsの10億ドル規模の買収、Arkuda Therapeuticsへの出資などを通じて、ALSやその他の神経変性疾患分野での存在感を着実に強めています。
AlchemabのCEOであるジェーン・オズボーン氏は、今回の契約について「当社にとって画期的な取引」だとし、次のように述べています。「神経疾患における深い専門知識を有するリリーは、ATLX-1282を迅速に臨床に進め、患者に貢献する可能性を最大限に引き出してくれる理想的なパートナーです」。
さらに彼女は、今回の契約が、Alchemab社内で進めている代謝疾患、免疫疾患、がん領域のプログラムを臨床段階へと進める後押しになるとも語っています。2021年には、前立腺がんの診断・治療に関するがん免疫療法プロジェクトでアストラゼネカとの協業もスタートしているとのことです。
情報ソース:
Lilly forges a $415m ALS alliance with UK biotech Alchemab | pharmaphorum
2025年5月9日
報告者 Tokiko Kawashima London, UK