研究が進めば進むほど、ALSがいかに複雑な病気であるかをまざまざと知らされ、一歩前進するごとにいくつもの疑問が生み出され、数歩後退りという繰り返しが何十年もなされてきました。
ALSと一言で言っても、そのタイプには何十個もの違うタイプが存在することが明らかとなり、そしてさまざまな異なるプロセス(過程)を経て発症に至るのかが着々と解明されてきています。 何十個もの異なる病因遺伝子変異と、その変異から影響を受ける様々なタンパク質、そして複数の段階を経て発症トリガーとなる環境因子の数々、そして絶対的スレッシュホールド(しきい値)に至るまでの時間との関係と、それら複数の要因の複雑な相互関係を調査する研究が増えてきているように感じます。
最近の研究論文で、本人がさらされてきた環境とA L S発症との関係を述べているものにどのような内容があるのか調べてみました。その結果、2022年に権威ある英国科学誌The Lancet誌に掲載されていました。ミシガン大、トリニティ・カレッジ(ダブリン)、キングズカレッジ(英国)、トリノ大(イタリア)、シドニー大(オーストラリア)の研究者達の共同研究論文で、「遺伝・環境・時間の相互作用」説に基づいたものです。 本人が生まれた時から発症するまでの間にさらされてきたあらゆる種類の全てのExposure(曝露)を総和 したもの(Exposome と呼ぶ)が、実はA L Sを発症させる影響力のある重要な決定要因なのではという考え方です。
Lastly, the exposome—the summation of lifetime environmental exposures—has emerged as an influential component for amyotrophic lateral sclerosis through the gene–time–environment hypothesis. Our improved understanding of all these aspects will lead to long-awaited therapies and the identification of modifiable risks factors.
https://www.thelancet.com/pdfs/journals/laneur/PIIS1474-4422(21)00414-2.pdf
上記の「遺伝・環境・時間の相互作用」説は、2018年のN I HのPubMed.govサイトに掲載された複数の大学(マイアミ大、ダートマス大、ジョンズ・ホプキンズ大、トリノ大、N I Hの老人学研究所)の研究者達によっても発表されたもので現在注目を浴びている仮説です。数年前にマイアミ大とニュー・ハンプシャーのダートマス大は、フロリダの沿岸地域や米国東北部ニューイングランド地域のいくつかの湖近辺は、統計的に異常なレベルのA L S発症地(平均の10〜25倍の発症率)であるという発表で世界中から注目を受けました。両地域とも海水や湖水内のシアノバクテリアによるBMAA 毒素の脳内蓄積を原因とするとしています。
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC5727154/
遺伝的要因(罹りやすい体質)と住む環境(空気、水、土壌汚染など、また職業の心身に与えるストレス)や食生活などの要因と蓄積する期間の3つの相互作用(遺伝・環境・時間の相互作用仮説)で、A S Lは発症するのではという考えがここ数年で広く受け入れられてきているように感じます。同じ環境下で兵役の体験があっても、年数の差があったり、また同じ地域で育っても、病気を発症していない人もいる、あるいはALSと関連する遺伝子変異を持っていても一生発症することなく高齢まで生きた人々もいる理由はそこにあるかもしれません。世界中で多くのデータが収集され機械学習(ML)、深層学習(D L)などを駆使して詳細な分析がなされてきますと、もっと多くの遺伝子変異も発見され、同時に環境要因となるものがさらにもっと出てくるのかもしれません。
Aug 14, 2023 reported by N. Schlough