~これまでとは全く異なる標的に対する新しい治療法開発への期待~
慶應義塾大学より、家族性ALS患者が有する遺伝的背景が血液脳関門(Blood-brain barrier : BBB)の異常につながることをヒトのモデルで初めて示し、ALSの進行にBBB破綻が関与する可能性が示されたことが報告されています。
https://www.keio.ac.jp/ja/press-releases/2024/12/13/28-163916/ 2024.12.13 慶応義塾大学、山口大学。
(1) 血液脳関門(BBB)とは
血液脳関門は脳と血液の間に存在するバリアで、脳を保護し恒常性を維持する役割を担っています。この血液脳関門 は、脳微小血管内皮細胞(Brain microvascular endothelial cell : BMEC)を中心に構成されています。BMECはタイトジャンクション(細胞間の緊密な結合)を形成して、脳内への物質の通過を厳密に制御したり、接着因子の発現を調整して免疫細胞が脳内に侵入することを制御しています。
補足説明:日本脳科学関連学会連合HP、豆知識:第31回 脳を守るバリア:血液脳関門
https://www.brainscience-union.jp/trivia/trivia3833では、下のように図説されています。
脳微小血管内皮細胞どうしはタイトジャンクションと呼ばれる細胞間接着装置により、強力にくっついた状態になっていています。
(2)研究の背景
近年の動物モデルを用いた研究によって、ALSの進行には、脳を守るバリアである血液脳関門の異常が関与していることがわかってきたこと。さらに、これまでのALS研究は遺伝子変異と神経細胞の関連性に偏重してきたが、未だ謎の多い ALS の病態を解き明かすためには、神経以外の細胞における変異の影響についても研究が必要という背景が説明されています。
(3)研究の成果
①細胞モデルの確立:家族性 ALS 患者(TARDBP 変異保有、TARDBPはTDP-43をコードする遺伝子)由来の iPS 細胞を脳微小血管内皮細胞(BMEC)様細胞に分化させた。本細胞は、ALS患者で観察される病理所見である、TDP-43 蛋白の異所性局在が観察されたことから、本モデルが ALS 患者の BMEC を模していることが示された。
②バリア機能低下の確認:ALS患者由来のEMBC様細胞は、健常者の細胞と比べ、タイトジャンクションの破綻が目立ち、バリア機能が有意に低下している(血液成分が脳内に漏れやすい)ことが確認された。また、免疫細胞が脳に入り込む際に働く接着分子ICAM-1、VCAM-1の発現が増加し、より多くの免疫細胞を接着させる能力を有していることがわかった。
③Wnt/β-カテニン経路の活性低下と再活性化によるバリア機能改善の確認:家族性 ALS 患者由来の BMEC 様細胞において、BBB の発達・維持に重要であることが知られている Wnt/β-カテニン経路の下流分子の発現が低下していることを見出した。これらは、先行する動物モデルを使用した報告、ALS患者脳の遺伝子発現解析結果とも一致するものであるが、実験室に患者由来モデルを再現し、ヒトでの現象を初めて確認したものである。本研究では、さらに化合物*によりWnt/β-カテニン経路を活性化することで、ALS患者由来BMEC 様細胞のタイトジャンクションの破綻や、VCAM-1の発現亢進が回復し、バリア機能が改善されることが確認された。
*本研究の論文では、化合物はGlycogen synthase kinase-3 (GSK-3) inhibitor, (グリコーゲン合成酵素キナーゼ3(GSK‐3、リン酸化酵素の一つ)阻害剤) CHIR99021と報告されています。https://www.frontiersin.org/journals/cell-and-developmental-biology/articles/10.3389/fcell.2024.1357204/full
④本研究の意義と展望:家族性ALS患者(TARDBP 変異保有)が生来的に血液脳関門の脆弱性を有していることをヒトモデルで初めて示したこと。実際の患者サンプルの採取が難しい BMECを、独自の iPS 細胞技術を用いてモデル化し、類似した病理所見を再現できたこと。ALS 患者のBMEC 機能研究と BBB を標的とした治療薬の探索に有用なモデルであり、 BBB の修復による病状の進行抑制という新たな治療戦略がALS にもたらされることが期待されることを報告しています。
2025年5月25日 報告者 橋口裕二/ P-ALS