山中伸弥先生がiPS細胞によりノーベル医学・生理学賞を受賞されて13年がたちます。本年2025年4月に日本で、虚血性心筋症を適応とした「心筋細胞シート」が大阪大学発のベンチャー企業「クオリプス」より承認申請されています。これは、iPS細胞から心臓の筋肉の細胞を作り、厚さ0.1ミリのシート状に加工したもので、承認されれば、世界初のiPS細胞医療の薬事承認となります。
https://www.asahi.com/articles/AST483SJPT48UTFL01FM.html
ALSやパーキンソン病などの神経変性疾患の再生医療についても開発が進んでいます。ALSについてはiPS細胞を使った再生医療が、日本では動物実験で有効性を確認、米国では本年2025年4月にFDAよりClinical Trial(治験)Phase1の認可が下りました。パーキンソン病については、日米でiPS細胞を使った再生医療の治験が行われており、日本では今年度中の申請が見込まれています。今回は、とても期待されるiPS細胞をはじめとする再生医療のALS、パーキンソン病治療への開発状況についてレポートします。
1. ALS再生医療の状況
1-1.iPS細胞によるALS再生医療
(1) 日本の状況
日本では株式会社リプロセルが、iPS細胞を使ったALS治療開発を行っています。リプロセルは、2003年に設立され、iPS細胞関連研究試薬の製造・売などの研究支援事業、再生医療等製品の開発などのメディカル開発を行っています。本社は横浜、研究所は川崎にあり、米国、英国、インドにオフィス・研究所があります。https://reprocell.co.jp/company/outline
同社は、メディカル開発として、iPS細胞から神経グリア前駆細胞(iGRP glial-restricted progenitor cells)を作製し、臨床応用を目指す研究開発を進めており、同社のHPにその開発状況が報告されています。
https://reprocell.co.jp/wp-content/uploads/2024/12/abebe23e98488c6fe790fe975e85a1e3-scaled.jpg
iPS神経グリア前駆細胞は、iPS細胞から、アストロサイトやオリゴデンドロサイトへの分化能を有する神経グリア前駆細胞へと分化誘導された再生医療製品です。
① 神経グリア前駆細胞によるALS治療のメカニズム
ALSの病態として、運動ニューロンの支持細胞である神経グリア細胞における異常が、運動ニューロンの細胞死を引き起こすことが明らかとなってきています。iPS細胞から誘導される神経グリア前駆細胞には、成長因子の供給、毒素除去、及び免疫反応の調整などを通じて、ALSにおける運動ニューロンの細胞死を抑制し、その機能を保護する役割があると考えられています。
② 動物実験による評価
iPS細胞から誘導された神経グリア前駆細胞をSOD-1遺伝子変異を持つラットの、腰髄に投与し、運動機能の評価と移植された細胞の生着を評価しています。
「前肢の握力、傾斜版を使った滑り落ち角度、ローターロッド試験(回転する棒の上にラットを乗せ、落下するまでの時間により、運動協調性や平衡性を評価する)による運動機能評価では、いずれも神経グリア前駆細胞投与群が有意に運動機能の低下が抑制されていることが確認されました。解剖脳の染色試験により、投与された神経グリア前駆細胞が生着し、アストロサイトに分化していることが確認され、アストロサイトのパラクライン効果(分泌された物質が分泌した細胞の周囲の細胞や組織に作用すること)により運動ニューロンを保護し、運動機能の低下を抑制した可能性が考えられました。」としています。
(2) 米国の状況
ALS NEWS TODAY FDA clears cell therapy XS-228 for ALS Phase 1 clinical trial Therapy uses allogenic cells, allowing for large-scale production 、April 24, 2025 https://alsnewstoday.com/news/fda-clears-cell-therapy-xs-228-als-phase-1-clinical-trial/
によれば、「FDAは中国企業 Xellsmart Biopharmaceutical社開発の、iPS細胞によるALS cell therapy XS-228のClinical Trial Phase 1を認可しました。これは2024年に中国にて実施された、iPS細胞から運動ニューロン前駆体に誘導した細胞をALS患者の脳に移植し、安全性と効果を検討する早期臨床試験の結果を受けてのものです。ALS患者にiPS由来細胞が投与されたのは、本試験が世界で初めてとなりますが、本試験にて安全性が確認され、標準治療と比べ、疾患進行の抑制が確認された。」と報告されています。
「FDAはXS-228をオーファンドラッグに指定したことに加え、市場での優先権、優先審査、薬事的サポートなど、米国での迅速な開発のためのサポートを行っています。これは、XS-228はiPS細胞を用いたものであり、健康な第三者による細胞(他家細胞)を使うことができるためである。これにより、均一な品質の大量製造や、必要時までの保存が可能となる。このような、多くの患者の品質が保証された製品への迅速なアクセスを可能とする、iPS細胞の大きなメリットを考慮してのものです。」と報告しています。
なお、同社のiPS細胞を用いた、パーキンソン病治療薬XS-411も、Phase 1 clinical trialの認可を受けています。
【筆者注】本HP2024年4月27日付けALS世界ニュースiPS細胞技術とALS(1)にて、京都大学iPS細胞研究所(CiRA(Center for iPS cell Research and Application)サイラ)を中心に、より多くの方に安心して使ってもらうための、第二世代、第三世代のiPS細胞を作り出すための基礎研究で細胞のばらつきを少なくしたり、より短期間で製造できる培養法の研究などのiPS細胞技術のバージョンアップ研究もおこなわれています。今後のiPS細胞の臨床普及のバックボーンとして、このような研究は非常に重要なものと考えられます。
1-2.間葉系幹細胞によるALS再生医療(米国)
間葉系幹細胞(mesenchymal stem cell :MSC)とは、生体内に存在する幹細胞(複数の種類の細胞に分化できる能力と自己複製能力をもつ)のことで、骨や軟骨、血管、心筋細胞に分化できる能力をもつ細胞や近年は神経細胞やグリア細胞、肝細胞にも分化できる細胞が報告されています。臨床目的で用いられるMSCは、骨髄、臍帯、臍帯血や脂肪といった様々な組織から採取され、抗炎症効果、増殖因子の分泌、血管新生促進作用といった組織修復効果に重要な生物活性を有することが報告されています。https://www.healthcare.nikon.com/ja/ss/cell-image-lab/glossary/msc.html
MSCはiPS細胞のように、あらゆる細胞に分化できる多能性幹細胞とは異なり、分化できる細胞は限られていますが、免疫調整機能という機能があり、拒絶反応がほぼ起こらないこと、腫瘍形成のリスクも低い利点があります。MSCはすでに実用化されており、例えば2018年の12月に骨髄由来のMSC(ステミラック注)を用いた脊髄損傷への治療が臨床使用可能となりました。これは、患者自身の骨髄液から採取したMSCを培養し、再び体内に戻すことで脊髄の神経の再生を促進するというものです。
https://www.med.nagoya-u.ac.jp/kidney/patient/regeneration_therapy_asc.html
米国brainstorm社はNurOwnⓇのClinical Trial PhaseⅢbの認可をFDAから受けたことを、本年5月に報告しています。https://ir.brainstorm-cell.com/2025-05-19-BrainStorm-Receives-FDA-Clearance-to-Initiate-Phase-3b-Trial-of-NurOwn-R-for-ALS
NurOwnⓇは、患者の骨髄採取MSCによるALS再生医療品です。2017年にClinical Trial Phase Ⅲaを開始、終了しています。Phase Ⅲa試験では、ALS患者196名を投与群とプラセボ群に分け、NurOwnⓇの安全性と有効性を評価しています。患者の骨髄から採取されたMSCを神経栄養因子(Neuro Trophic Factors、NTF) を高レベルで分泌するMSC-NTF(NurOwnⓇと命名)になるまで培養し、これを元の患者の髄腔内に0、8、16週の3回投与、その後12週間観察・評価を行っています。試験にて、安全性は確認されたものの、ALSの機能評価尺度(ALSFRS-R)では、プラセボ群と優位な有効性は確認されませんでした。ただし、ALSの進行が進んでいない患者では、有効性が示唆されたため、Clinical Trial Phase Ⅲbとして、ALSの進行が軽度~中程度の患者200名を対象に再度試験を行うと報告されています。
https://onlinelibrary.wiley.com/doi/epdf/10.1002/mus.27472
2. iPS細胞を用いたパーキンソン病の再生医療(日本)
(1) 治験概要
京都大学iPS研究所CIRAより、本年2025年4月17日付けで、「iPS細胞由来ドパミン神経前駆細胞を⽤いたパーキンソン病治療に関する医師主導治験」において安全性と有効性が⽰唆、との報告がありました。https://www.cira.kyoto-u.ac.jp/j/pressrelease/news/250417-000000.html
50~69歳の7名のパーキンソン病患者を対象に、iPS細胞由来のドパミン神経前駆細胞を脳内の被殻に両側移植しました。ドパミンは神経伝達物質の一つで、ドパミン神経細胞の中で作られます。被殻・中脳黒質はいずれも脳の部位の名称で、パーキンソン病では、中脳黒質のドパミン神経細胞が減少し、被殻へのドパミン供給が不足することで、運動症状が引き起こされます。ドパミン神経前駆細胞は、ドパミン神経細胞に分化する前の細胞で、パーキンソン病モデル動物を用いた研究から、ドパミン神経前駆細胞を移植することによって脳内に成熟ドパミン神経細胞が効率的に生着することが明らかになっています。
試験の主要評価項目は安全性および有害事象の発生で、副次評価項目として運動症状の変化およびドパミン産生を24カ月間にわたり観察しました。その結果
① 重篤な有害事象は発生しなかった。
② MRIによる評価では、移植組織の異常増殖(腫瘍形成)は認められなかった。
③ 有効性評価の対象となった6名の患者のうち、4名が「国際パーキンソン病・運動障害学会統一パーキンソン病評価尺度(MDS-UPDRS)パートIII」のOFFスコアにおいて改善を示した。
④ 放射性薬剤を用いて、ドパミン神経の機能を評価する医療画像技術にて、被殻のドパミン神経の活動が増加していた⇒上記アドレスにて画像を見ることができます。
以上から、iPS細胞由来のドパミン神経前駆細胞が生着し、ドパミンを産生、腫瘍形成を引き起こさなかったことが示されました。これにより、パーキンソン病に対する安全性と臨床的有益性が示唆されました。と報告しています。
(2) 今後の展開
日本経済新聞、2025年4月17日付け、「iPS細胞でパーキンソン病症状改善
京大など治験で確認」https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUF09BTC0Z00C25A4000000/
によれば、協力企業の住友ファーマは、治験結果をうけ、早ければ今夏にも厚生労働省に製造販売承認を申請するとみられる。治験に参加した人数が少ないため、条件付きの「仮承認」となる可能性がある。とのこと。
住友ファーマは治験向けのiPS細胞の製造・提供元で、大阪府吹田市の子会社の工場でiPS細胞を製造。高純度な細胞を効率的に生産できるということです。日本産経新聞、4月17日付けhttps://www.sankei.com/article/20250417-WAWO34EPQZLHPHGKT56PG2R7GM/
なお、米国でも2023年に医師主導治験と住友ファーマによる治験(Phase1/2)が開始されています。(いずれもiPS細胞の製造・提供元は住友ファーマ)。
https://www.sumitomo-pharma.co.jp/rd/pipeline_new-medicine/pipeline_profile.html
2025年6月22日 橋口 裕二