前回ご報告した同じタイトルの第2報です。治療薬が患者の方の手に届くまでのプロセスを国が主催する検討会の議事録を読むことで理解できます。
「創薬力の強化・安定供給の確保等のための薬事規制のあり方に関する検討会(注1)報告2.」
今回は「迅速な承認制度のあり方」についての討議をレポートします。迅速な承認制度とは「医療上の必要性の高い希少・重篤な疾患に対する医薬品については、検証的試験(一般的には治験第Ⅲ相(注2))の結果を待たず、探索的な試験(一般的には治験第Ⅱ相(注2))結果に基づいて薬事承認を行う」ことを目的に制定されたものです。同じ目的の制度が米国、EUにもあり、日本においては2020年に法制化され、「条件付き承認制度」と命名されていますが、法制化後の実績はゼロであり、活用されていない状況にあります。これを踏まえ、厚労省からnの会議参加者より、以下の論点について説明が行われ、議論がされています。
●迅速な承認制度は、治験の実施が困難などそういったものについて、いかに早期に承認をするかということの受け皿としてできた制度と認識しており、それを積極的に活用していくという方向性について議論したい。
●また、対象となる疾患については、超希少疾患から議論をスタートした上で、どこまでスコープを広げていくかというところについても、議論いただく。患者数としては、例えば国内で1万人ぐらいはいるけれども、非常な進行性の疾患で、余命もそれほど長くなく、治験の結果を何年も待っていることはできないみたいな、そういった場合もあり得ると考えている。(第6回会議議事録、次世代ワクチン等審査推進室長)
1. 各国の迅速な承認制度と日本の現状
(1)制度の歴史と日米の主な違い
各国制度の名称と制定年度は下記のとおり。日本の制度は歴史が浅い(注3)。
●米国:迅速承認制度(Accelerated Approval):1992年FDA(米国食品医薬品局)にて開始
●EU:特例的な状況下での販売承認制度(Conditional Marketing Authorization):2006年 EMA(欧州医薬品庁)にて開始
●日本:条件付き承認制度:2017年厚労省通知にて運用開始。2020年に法制化
各国の制度の目的は上述したとおりで、共通している。適応の要件や承認後の義務等に違いがある。日本と米国の承認後の義務の違いは、日本の条件付き承認は、原則として、承認後の臨床試験の実施はもとめず、薬を使用した一般の患者さんからのデータ収集を行い、その安全性・有効性を再検証するのに対し、米国では迅速承認は仮承認であり、本承認を得るためには、迅速承認後に臨床効果を証明する試験が義務付けられ、迅速承認の取り下げ手続きの規定もある。詳細は3.に記載する。
(2)日本の条件付き承認制度の現状
日本における、条件付き承認制度の実績は5例(抗がん剤4例、希少疾患指定医薬品:デュシェ ンヌ型筋ジストロフィー1例)で、いずれも2017年の通知による運用時の実績であり、2020年に法制化された後の実績はゼロである。米国では、これまで295品目が迅速承認されているが、このうちの58%、170例が日本でも承認されており、このうち120例は米国にて迅速承認段階(仮承認)で承認されている。実態としては、日本においては、条件付き承認制度はほぼ使われることなく、通常の承認制度にて、多くが米国の迅速承認段階で承認を受けている。承認審査側参加者からは、“米国での迅速承認段階の試験の結果と、日本でほかに代替治療があるのかとか、総合的に判断して、承認をしております”、とのこと(第6回会議議事録、PMDA審査マネジメント部長)。
ただし、これでも米国の承認から日本の承認までの遅れ(ドラッグラグ)の期間は平均 800 日程度、中央値(順番にならべたときに真ん中にくる数値) 500 日程度であり、決して短いものではないことが明らかとなった。
【報告者注】新しいALS治療薬、米バイオジェン社のトフェルセンの承認状況は以下の通り。
米国:2023年4月25日に迅速承認取得
欧州:2024年5月30日に特例的な状況下での販売承認取得
日本:2024年5月21日に承認申請、審査中(2024年9月07日現在)
2. 日本の条件付き承認制度の対象要件の見直し、活用のための方策
会議では、現状のやり方でよいケースもありうるし、他の制度の活用もあるという意見も出されたが、法制後の実績がゼロは問題であり、製薬業界やベンチャー企業、患者団体等から、その運用の拡大を求める声があることもあり、対象となる要件の見直し、活用を図るための方策等について、議論された。
(1)対象要件の見直し
条件付き承認制度の対象となる要件は以下のとおりであるが、このうち③について、議論されている。要件③は米国、EUの制度にはなく、日本のみに設けられたものである(第6回議事録、事務局)。
条件付き承認制度の対象となる要件:以下の①~④のいずれにも該当する医薬品とする。
① 以下に分類して総合的に評価した結果、適応疾患が重篤であると認められること
1)生命に重大な影響がある疾患(致死的な疾患)であること
2)病気の進行が不可逆的等で、日常生活に著しい影響を及ぼす疾患であること
② 以下に分類して総合的に評価した結果、既存の治療法、予防法又は診断法と比較して有効性又は安全性が医療上明らかに優れていると認められること
1)既存の治療法、予防法又は診断法がないこと
2)有効性、安全性、肉体的・精神的な患者負担の観点から、医療上の有用性が既存の治療法、予防法又は診断法より優れていること
③ 検証的臨床試験の実施が困難であるか、実施可能であっても患者数が少ないこと等により実施に相当の期間を要すると判断されること
④ 検証的臨床試験以外の臨床試験の試験成績その他の情報により、一定の有効性、安全性が示されると判断されること
議論の結果、要件③は幅広く解釈できるとの方向性が示され、下記が例示されている。
●日本人の追加データが必要となることによって、その試験の実施が困難又は相当の時間を要する場合も該当することとする。
●また、致死的な疾患や、急速かつ不可逆的に進行する疾患など、臨床試験の実施により医薬品の承認が遅れることの患者への不利益の程度が大きい場合には要件に該当することとする。
初めの●については、厚労省参加者から、“従前であれば、日本人のデータを承認時までに求めていた。その結果としてロスにつながるようなケースにおいては、承認した上で、事後の提出をしていただくという、そういったやり方をとっていけばいいのではないか”。との考えが示されている(第8回会議議事録、次世代ワクチン等審査推進室長)
(2)条件付き承認の活用を図るための方策
試行的なパイロット事業として、条件付き承認審査の過程でアカデミア(大学、公的研究機関等)や患者団体の意見を反映する仕組みについて研究を進めるべきこととされた。患者団体の意見を反映する仕組みとして、PPI(Patient and Public Involvement :患者・市民参画)が示されている。PPIとは、一般社団法人PPI JAPANによれば、「患者やその家族、市民の方々の経験や知見・想いを積極的に将来の治療やケアの研究開発、医療の運営などのために活かしていこうとする取り組み」と説明されている(注4)。最新の動向としては、「研究開発における患者さんや市民の参画という元々の考え方から、いまでは研究開発だけでなくペイシェントジャーニー(患者さんが経験する発病から診断、治療に至る長い道のり)のすべての段階において、患者さんの声を取り入れ、患者さんとともにより良い医療を実現するための取り組みという考え方になってきています。」(注5)との説明もある。
3.日本の条件付き承認制度のプロセスと承認後の各国との違い
(1)日本の条件付き承認制度のプロセス
通常の承認審査
探索的臨床試験→検証的臨床試験→承認申請・審査→承認→副作用報告等製造販売後調査→再審査
条件付き承認審査
探索的臨床試験→承認申請・審査→承認→副作用報告等製造販売後調査→再審査
承認後(市販後)の義務の各国の主な違いは、以下の通り。
●日本:承認時に得られているデータをもとに、市販後の有効性・安全性の再確認のため
のデータ収集、使用施設や医師等に関する要件等を品目ごとに課す。承認時に指定され
た期間内に調査成績等を提出し、中間評価を実施。評価結果に応じて、条件の変更や安
全対策等の実施を命令する。 ある設備を持つ施設、高い専門性をもつ医師のみに使用
を限定するなどの要件を付す場合もある。
●米国:臨床効果を証明する試験の実施、迅速承認の取り下げ手続きの規定あり、薬品のラ ベルに迅速承認である旨の記載
●EU:ベネフィットがリスクを上回ることを確認する試験の実施、条件付き承認の有効期間 は1年(更新は可能)、添付文書に条件付きである旨の記載
4.その他補足説明:迅速承認制度の問題点と対策など
295品目が迅速承認されている米国でも、迅速承認後の治験の難しさと、本制度がビジネスモデルとして利用されているとの問題が指摘されている。
① 迅速承認後の治験の難しさ
米国では迅速承認段階で、保険適応とする医療保険もあるため、一般の治験に比べ患者さんが集まりにくいという問題がある。これに対し、迅速承認後の治験については、それまでの治験よりも、さらに早い段階の患者さんで、市場が大きいところで開発をする、あるいはスタンダードになっているお薬との上乗せで、さらに対象患者を拡大するために治験を行うなど、患者さんの範囲を広げることで対応している。
国民皆保険である日本においては、条件付き承認後に治験を求める場合は、患者さんの確保がより一層難しくなると予想される。このため、条件付き承認後に実施する治験の対象患者については、上記米国と同様に、必ずしも条件付き承認を受けた範囲と完全に一致する必要はなく、臨床試験の実施可能性を踏まえつつ、異なる治療ラインや、異なる疾患の進行段階であっても認められる場合があるものとする。また、必ずしも日本人が含まれる必要はなく、海外で実施中 又は計画されている検証的臨床試験が認められる場合があるものとする。としている。
② 米国における迅速承認後の治験の遅延
ブルームバーグ・ニュースがFDAのデータベースを分析したところでは、迅速承認されたものの本承認に向けた治験が「遅延」となっているものが散見され、中には、この制度をビジネスモデルとしている例もあるとしている。例えば、デュシェンヌ型筋ジストロフィー(DMD)の治療薬として「エクソンディ ス51」(一般名エテプリルセン)が迅速承認されたが、治験が始まったのは迅速承認から4年後で、完了は販売開始から8年後の2024年以降となる予定だ。この間に、製造元の米サレプタ・ セラピューティクスはエクソンディス51と2つの関連薬剤から計25億ドル(約3400億円)余りを売り上げたと報告している。これに対しては、迅速承認時に検証的試験が開始されていること。被験者の組み入れが完結していなくても、少なくとも開始はされているということが望ましいという提案がされている。
③ 迅速承認後に、米国で取り消しになった医薬品について
米国の迅速承認では、取り消し規定があるのに対し、日本では規定がないため、米国で迅速承認後に取り消された医薬品のうち、日本では製造販売されているものが存在する。これまで米国で、迅速承認が取り消されたものが35品目あるが、これは、対象患者を拡大した治験が失敗したことが原因である。これらのうち6品目(5品目は抗がん剤、1品目は炭疽菌に対するもの)は日本で製造販売をしている。これについては、迅速承認時のエビデンスについては、基本的には、有効性・安全性の観点から有効性が優れているということは変わらない、有効性が否定されたものではないということで、承認が継続されているということ。としている。
以上の記事報告は下記注1の検討会の「本検討会の報告書(p17、5.~)」をメインに、第6回および第8回の資料、議事録からの情報を追加し、作成しております。
注1 創薬力の強化・安定供給の確保等のための薬事規制のあり方に関する検討会
https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/other-iyaku_128701_00006.html
注2 『第II相試験』(探索的試験):「くすりの候補」が効果を示すと予想される比較的少人数の患者さんについて、病気の程度によってどのような効き目を発揮するのか(有効性)、副作用はどの程度か(安全性)、またどのような使い方(投与量・間隔・期間など)をしたらよいか、といったことを調べます。効き目や使い方を調べるのに当たっては、通常いくつかの投与量を用いて比較検討しますが、その際にプラセボを加えるのが一般的です。また現在使われている標準的な「くすり」がある場合には、それと比較することもあります。
『第III相試験』(検証的試験):多数の患者さんについて、第II相試験の結果から得られた「くすりの候補」の有効性、安全性、使い方を最終的に確認します。 確認の方法は、現在使われている標準的な「くすり」がある場合にはそれとの比較、標準的な「くすり」がないときにはプラセボとの比較が中心になります。 これとは別に、長期間使用したときの有効性や安全性がどうかを調べることもあります。 群馬大学医学部附属病院 先端医療開発センター臨床研究推進部 一般の方へ、治験の3つのステップ https://ciru.dept.showa.gunma-u.ac.jp/general/cr-steps/
厚労省:https://www.mhlw.go.jp/content/10601000/000954228.pdf
注4 一般社団法人PPI JAPAN https://www.ppijapan.org/
注5 第一三共株式会社2023年11月21日ニュースリリース PPI推進に向け、患者団体2団 体と製薬企業3社のトップ会談が実現
https://www.daiichisankyo.co.jp/media/news_release/detail/index_7015.html
2024.9.07. 報告者 橋口 裕二 P-ALS