遺伝子変異を発見、米国ノースカロライナ州のデューク大学発表
2020年時点で、「確認済みのリバースALS患者」は世界中で48人が報告されています。(注1)ALS患者さんの症状は逆戻り(正常化)することはなく、悪化していくスピードの個人差はありますが、診断後悪化していくのが通常です。 ところが世界中でこれまでに何人かの患者さんが臨床的に診て顕著でしかも持続的なリバース現象を起こしています。例えば車椅子の生活から車椅子なしで生活できるようになり、その後何年間も続いているといったような報告が専門医たちにより記録されています。完全治癒の治療法がまだ見つかっていない中で、なぜ一部の患者さんに劇的なリバース現象が起きているのかは長年の間、摩訶不思議とされてきましたが、最近デューク大学からその説明となり得るかもしれないという遺伝子変異の関連リンクが発表されました。研究者たちは、世界的にも知られているベッドラック(Bedlack)医師の率いるチームです。
研究の対象は、リバース患者数がほんの22人、典型的に進行中のALS患者さんが243人という小さなサンプル・サイズではありますが、この二つのグループ間で、全ゲノム配列解析比較調査を実施したところ、この遺伝子変異が浮き彫りになりました。その遺伝子変異とは、IGFBP7という遺伝子内の非コード領域にあるSNV (Single Nucleotide Variant:一塩基変異体)です。 IGFBP7遺伝子は IGFBP7というタンパク質の発現と関連しています。 そしてこの IGFBP7タンパク質は、神経保護 IGF-1 シグナル伝達経路を活性化する IGF-1という受容体を阻止することが報告されています。つまり神経保護作用を阻止するという生物学上重要な関連点が存在しています。 ところがリバース患者においては、彼らの持っているこの SNV変異体のため、IGFBP7の発現が減少され、結果的に神経保護作用が阻止されずにすんでいる、つまり彼らの運動神経が守られているのではないかという仮説が出てきました。
この知見により IGFBP7遺伝子と IGFBP7タンパク質と、IGF-1シグナリングに注目が与えられ、新たな治療法が示唆され、そして効果的な治療法に繋がっていくのではと期待されます。現在世界中で多くの人々の命を救っている HIV治療薬は、HIVウイルスにさらされてもエイズに侵されない患者のもつ特殊な遺伝子変異から示唆を受けて創薬されました。 同じようなことが ALS疾患にも起きてほしいと祈願します。ALS疾患における IGF-1シグナリングの役割を検証するため、今後、複数の追加調査が必要とされており、このトピックは継続していくものと予想されます。
https://www.neurology.org/doi/pdfdirect/10.1212/WNL.0000000000209696
下図はこの論文の中の図表を引用させていただいています。
IGFBP7 の発現を低下させ、その後の IGF-1 シグナル伝達の相対的増加につながるプロモーター領域 SNV rs4074555 代替対立遺伝子の想定される役割の概略図。これは ALS 患者に利益をもたらすと仮定されています。
2024年8月9日 報告者 伸子シュルー(Nobuko Schlough) 米国