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[ iPS細胞の実用化開発アップデート ]

iPS細胞による心筋シートやパーキンソン病の再生医療が承認申請され、iPS細胞の実用化は目前となっています。これまでiPS細胞作製の高効率化、安全性確保のための取り組み等について報告していますが、その後の工程である、iPS細胞から目的とする細胞・組織への分化誘導工程についても、様々な技術開発が行われており、神経細胞を生み出す新技術についても、報告されています。今回はこれらの取り組みについて、2件報告します。

1.   AIによるiPS細胞の分化誘導プロセスの最適化

~味の素(株)がiPS細胞の分化誘導プロセスを最適化するAIプラットフォーム開発スタートアップのSomite社に出資~

●iPS細胞作製~目的とする細胞・組織への分化誘導は、主に3つのステップから成ります。

①細胞をリセットする(細胞分離・初期化)

人から細胞をとってきて、その細胞をリプログラミング(初期化)、つまりリセットして、あらゆる細胞になれる能力を持った状態で、無限に増えることのできる細胞にする

②細胞を増やす(細胞増殖)

その細胞を、高品質(あらゆる細胞になれる状態を維持しながら)で無限に増やす

③目的の細胞に変化させる(細胞分化)

増やした細胞を心筋細胞や神経細胞、網膜細胞などさまざまな目的の細胞に変化させる

●ステップ③は、多段階かつ複雑で多数のシグナル分子が関与するため、最適なプロトコルの確立には時間と費用がかかることが課題でした(下図参照)。Somite社は、iPS細胞から分化可能なあらゆる細胞の製造法について、デジタルツイン(仮想空間)を用いて最適解を提供できるプラットフォーム技術の開発を手掛けています。同社技術の応用により、iPS細胞からの細胞分化を従来と比べ短時間かつ安価に最適化することが可能となるため、細胞治療・再生医療の課題解決に向けた効率的なアプローチとしての実用化への貢献が今後期待されます。

●細胞治療・再生医療分野は成長市場であり、2030年には12兆円、2050年には38兆円以上のグローバル市場規模となることが予想されています。味の素株式会社はヘルスケア領域においてCDMO(Contract Development & Manufacturing Organization:開発・製造受託会社) 事業とiPS細胞やES細胞用の培地として日本でトップシェアをもつ「StemFit®」などの培地 事業の拡大、およびそれらが融合した先端医療分野の事業開発を進めており、そのプロセスの一環として、本出資を位置付けています。

詳細は下記を参照ください。

未来の医療が大きく変わる!革新的な再生医療を支える味の素グループの「培地」StemFit®とは?

味の素(株)がiPS細胞の分化誘導プロセスを最適化するAIプラットフォーム開発スタートアップのSomite社に出資

2.   慶應大学:血液から神経細胞を生み出す新技術を開発

●iPS細胞初期化4遺伝子と神経細胞の誘導に重要な転写因子であるNEUROD1 遺伝子の合計5遺伝子を末梢血液中のT細胞に同時に導入することで、遺伝子導入後約20日で、血液細胞数とほぼ同数の神経細胞が出現することを発見しました。

●本法により、従来の方法(iPS細胞を樹立したのちに、神経細胞への誘導を行う)では最長で半年程度かかっていた作成期間の短縮と、高効率で神経細胞を作成できる可能性が示唆されました。また、これまでは皮膚の細胞からiPS細胞を作成しており、採取のための皮膚の切開と縫合が必要でしたが、今回の方法は、より身体への影響が少ない採血のみで細胞材料を得られることから、ドナーに対する負担を大幅に軽減できるようになりました。

●今回の方法で作成されたのは、グルタミン酸作動神経細胞であることが分かりましたが、今回の技術を応用することで、迅速かつ簡便に、多くの神経疾患の患者さんの血液から神経細胞を作り出すことができるようになると考えられます。

●本法で作成された、グルタミン酸作動神経は従来の方法では難しかった、患者が後天的に得た細胞情報(エピジェネティックメモリー)の一部も保持している可能性が示唆され、後天的に細胞が得たエピジェネティック状態に関与する病態についても解析ができるかもしれません。

詳細は下記を参照ください。

血液から神経細胞を生み出す新技術を開発!創薬と再生医療の未来を切り拓く -NEUROD1 遺伝子を用いた部分的リプログラミングで直接転換に成功-

2025年9月28日 報告者 橋口 裕二@P-ALS

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