University College London, Queen Square Institute of NeurologyのPietro Fratta教授が共同設立したバイオ医薬品企業が、MND(運動ニューロン疾患)の新たな治療薬候補であるTRCN-1023を対象とした2つの臨床試験を開始しました。MNDは、ALS(筋萎縮性側索硬化症)としても知られており、ALSはMNDの中で最も一般的な病型です。
この新しい治験薬は、MND/ALSの重要な遺伝的要因の一つであるUNC13Aタンパク質を標的とするよう設計されています。
TRCN-1023の開発は、Fratta教授がUCLで行ってきた研究を基盤としています。
その研究によって、UNC13Aタンパク質がMND/ALSの発症・進行において生物学的に非常に重要な役割を持つことが明らかになり、現在UNC13AはMNDにおける最も有望な創薬標的の一つと考えられています。
今回の新しいプログラムは、2つの初期段階の臨床研究を組み合わせたものです。
- FUNCTION ALS
英国で間もなく開始される第1/2相臨床試験。2026年中に他国へも拡大する予定。 - LAUNCH ALS
中国ですでに開始されている研究者主導型の臨床試験。すでに最初の患者への投与が行われています。
これら2つの試験を通じて、TRCN-1023の開発を加速し、世界規模で初期の臨床エビデンスを構築することを目指しています。
重要な遺伝的要因「UNC13A」を標的にする
UNC13Aの機能が失われることは、MND/ALS患者の**約97%**において病気の進行に関与していると考えられています。
そのため、UNC13AはMND/ALSにおける非常に重要な治療標的の一つとなっています。
TRCN-1023は、**アンチセンス・オリゴヌクレオチド(ASO)**と呼ばれるタイプの医薬品です。その目的は、神経と筋肉の間の情報伝達に重要な役割を果たすUNC13Aタンパク質の正常な機能を回復させることです。
(**「MND患者の97%がUNC13A変異を持っている」という意味ではありません。** UNC13Aの遺伝的リスクやRNAの異常な処理などを含む機能喪失が広範なMND/ALS症例に関係しているという意味であり、「遺伝子変異保有率97%」ではありません。)
TRCN-1023はどのように作用するのか
TRCN-1023は、「遺伝子治療」と一括りにされることがありますが、従来の意味での遺伝子治療ではありません。
DNAを永久的に変更するものではないからです。
代わりに、遺伝子とタンパク質の間を仲介するRNAの段階で作用します。ASOは、短い合成核酸の鎖であり、細胞内のRNAに結合することによって特定のタンパク質がどのように作られるかを調整します。TRCN-1023の場合は、UNC13A RNAの異常な処理を修正し、身体が正常に機能するUNC13Aタンパク質を作れるようにすることを目指しています。
DNA
↓
RNA
↓
タンパク質
という流れのうち、RNAの段階に介入します。
具体的には、
異常なUNC13A RNAの処理
↓
TRCN-1023が介入
↓
RNA処理を正常化
↓
機能するUNC13Aタンパク質を産生
↓
神経機能の回復を目指す
というアプローチです。
投与方法
TRCN-1023は、**髄腔内注射(intrathecal injection)**によって投与されます。
これは、脊髄を取り囲んでいる髄液の中に直接薬剤を投与する方法です。
ASO治療では一般的な投与方法であり、MND/ALSによって障害を受ける中枢神経系に薬剤を届けることが目的です。
Fratta教授のコメント
Fratta教授は次のように説明しています。
「UNC13Aは、神経細胞同士、そして神経細胞と筋肉との間で情報を伝達するうえで非常に重要です。そして、その機能はほぼすべてのMND/ALS症例で失われています。」
さらに、「UCLでの私たちの研究によって、このタンパク質が病気のプロセスの中でどれほど中心的な役割を果たしているのかが明らかになりました。そして、UNC13Aを救済し、神経機能を回復させるためのASOを開発しました。」
と述べています。
そして、「この発見が臨床試験へとつながったことは大きな節目です。MND/ALSとともに生きる非常に多くの人々に、意味のある変化をもたらす治療法へ一歩近づいたことになります。」
としています。
Trace Neuroscienceの目標
Trace Neuroscienceの共同創業者兼CEOであるEric Green氏は、
「私たちのチームは、UNC13AをALSにおける非常に有力な、遺伝学的に検証された治療標的の一つとして確立する研究に携わってきました。」と説明しています。
そしてTrace Neuroscienceは、この生物学的な発見を実際の医薬品へとつなげるために設立されたとしており、今後は世界規模の開発戦略によってTRCN-1023を臨床段階へ進め、MNDという緊急性の高い疾患に対して、質の高い臨床データをできるだけ早く得ることを目指しています。
臨床試験について
FUNCTION ALS
FUNCTION ALS試験では、英国、欧州、北米の施設で約30人が参加する予定です。
主な評価項目は、
- 安全性・忍容性
- 薬物動態(PK):薬が体内でどのように動くか
- 薬力学(PD):薬が身体や疾患の生物学的プロセスにどのような作用を及ぼすか
です。
英国では、
- Sheffield Teaching Hospitals NHS Foundation Trust
- University College London Hospitals
で実施されます。
シェフィールド大学の神経学教授でありFUNCTION ALSの主任研究者であるDame Pamela Shaw教授は、
「UNC13Aは現在のALS研究において最も有望な標的の一つです。ヒトの遺伝学と疾患生物学に強固な基盤があります。その機能を回復させることができれば、患者の大多数に利益をもたらす可能性があります。」と述べています。
参加者は、TRCN-1023またはプラセボのいずれかを投与され、24週間追跡されます。
また、
- バイオマーカー解析
- 運動機能のデジタル評価
- 発話のデジタル評価
も行われます。
LAUNCH ALS
中国で行われているLAUNCH ALS試験には、約25人が参加する予定です。
英国の試験と同様の参加基準が設定されています。
この試験はTenacia Biopharmaceuticalと共同で実施され、北京天壇病院(Beijing Tiantan Hospital)のYilong Wang医師が率いています。
同病院は中国を代表する神経疾患の医療・研究施設の一つです。
Wang医師は、ALS患者には現在の限られた治療選択肢を超える革新的な治療法が緊急に必要であり、TRCN-1023の生物学的根拠、作用の強さ、効果の持続性は、臨床開発へ進む候補として非常に期待できる、としています。
Trace Neuroscience――UCLから生まれたスピンアウト企業であり、2024年に設立されました。
その基盤となったのは、
- UCLのPietro Fratta教授
- Stanford UniversityのAaron Gitler教授
による研究です。
UCLの商業化部門であるUCL Venturesが学術チームと緊密に連携し、
- Trace Neuroscienceの設立
- 知的財産(IP)の保護
- 投資家との連携
- Fratta教授とGitler教授の研究成果の事業化
を支援。
そしてTrace Neuroscienceは、設立時の2024年に1億ドルを超えるSeries A資金調達を実施しました。
UCL VenturesのBiopharm部門ディレクター、Rick Fagan氏は、この大型資金調達は投資家がUNC13Aという治療標的に大きな期待を寄せていることを示している、としています。
また、
「私たちはこの期待を共有しており、Fratta教授とTrace Neuroscienceのチームがこの治療法を臨床試験へ進めていることを誇りに思います。」
と述べています。
最後に、この取り組みについて、
「それこそがtechnology transfer(技術移転)の意味です。世界最高水準の大学研究を大学の外へ送り出し、社会にポジティブな影響をもたらす可能性のあるものへとつなげることです。」
と説明しています。
UNC13Aは単なる実験上のターゲットではなく、ヒトの遺伝学的研究と疾患生物学の両面から重要性が示されており、約97%という数字が正しければ特定の珍しい遺伝子変異を持つ患者だけではなく、MND/ALS患者の非常に大きな割合が対象になり得ます。現在の試験はまだ初期段階なので、有望な治療法でありそうです。この臨床試験を通して有効性の確認された治療法になることを期待したいと思います。
2026年9月14日
報告者 T.Kawashima @P-ALS from Switzerland
Novel treatment for motor neurone disease to be trialled in humans | UCL News
「ゆめばす」だれもが行きたい場所に行ける社会の実現